こんにちは、自伸塾です。
本日は通常授業でした。
個別だけでしたが、一日中英語の授業だけでした。
流暢に話せないのに文法だけは教えられるという、
日本人の典型的なダメ講師です(苦笑)
でも生徒の成績は上げられているので、塾としては問題ないです。
日本がペーパーテスト重視なのが悪いということにしておきます。
それにしても、この「英会話」って本当に日本人には難しいですよね。
なぜなら、日本語と英語は発音も文法も真逆に位置する言語ですから。
日本人で留学することもなく、ネイティブスピーカーのように
発音も完璧に話せる人は本当に尊敬します。
おそらく普段から話す機会があるのだと思います。
日本語もですが、普段から話さないと会話力は上がらないです。
そう、英語を話すことです。
ここで英会話(英語を話すこと)について、世界史的に面白い話があります。
そもそも「英語はイギリスの言葉」であることは当然間違いないですよね。
では、その現在のイギリスの王朝(ウィンザー朝)に繋がる
最初の王朝から歴史を見た場合、
「300年以上もの長い間、英語を話さない王様が統治していた。」
という事実を知ったら驚きますか?
ということで、今回は英会話と世界史の歴史を話してみたいと思います。
まず最初に「イギリス」と書いてしまうと、今は「ウェールズ」や
「スコットランド」や「北アイルランド」まで入ってしまうので、
ここからはブリテン島の南側だけを指す「イングランド」と書きます。
長年英語を話さない王がいたのはイングランドの王朝なので、
イングランドとしておいた方が正確です。
では、現在のイギリスの王室に繋がるイングランドの王朝の誕生から。
この経緯を知ると、王様が英語を話さなかった理由は分かると思います。
【① 911年 ノルマンディー公国(場所:フランス 言語:フランス語)】
まず「ノルマン」という呼称からも分かるように「ノルマン人」が作った王朝です。
つまり、今に繋がるイギリスの王朝の最初はノルマン人が作ったわけです。
ノルマン人(ヴァイキングとも呼ばれる)は、元々現在のノルウェーなどが
あるスカンディナヴィア半島に住んでいたゲルマン人の一派でした。
言語は古ノルド語。(現在はほぼ消失)
そのノルマン人たちを率いたロロが海を渡って、フランク王国(現在のフランス)
に侵攻しました。
結果、フランク王国の国王は仕方なくロロを公爵にして土地を与えました。
これが911年に成立した「ノルマンディー公国」です。
フランスに作られた公国なので、彼らはフランス語を話すようになりました。
【② 1066年 ノルマン朝(場所:イングランド、言語:フランス語)】
そして時は流れて1066年、ノルマンディー公だったウィリアム(フランス語で
ギョーム)が、イングランドの後継者争いからイングランドに侵攻しました。
これが有名な「ノルマンコンクェスト(ノルマンの征服)」です。
結果、彼はウィリアム1世として即位し、ノルマン朝が開かれました。
そして、ウィリアムたちはイングランドを征服した後も、
英語を使わずフランス語を使い続けました。
これはなぜでしょうか?
911年に、フランスに侵攻してノルマンディー公国が建国された時には、
自分たちの言葉(古ノルド語)を捨てて、フランス語を話すようになりました。
今度もイングランドの言葉である英語を話すようになるのかと思いますよね。
でもイングランドを征服しても英語は話さず、フランス語を使い続けました。
では、なぜ彼らはイングランドを征服した後も、
英語を話さずにフランス語を使い続けたのか?
答えは「英語を話す必要がなかった」からです。
まず当時、英語は農民などの下層の人たちが使う言葉でした。
今の英語の立ち位置からすると信じられないですよね。
つまりフランス語の方が格式が上とされていました。
そして、当時のヨーロッパはフランス語で政治が成り立つ仕組みでした。
これはフランク王国(今のフランス)がヨーロッパで力を持った影響もあります。
ノルマン朝でも同じで、フランス語だけで政治を動かせたわけです。
加えて、ノルマン朝の王はイングランドでは王ですが、同時にフランスでは
ノルマンディー公国を維持している状態なので、フランス公爵のままです。
だからフランスは必要ですが、英語は必要なかったわけです。
【1154年プランタジネット朝】(1330年代中頃:フランス語 1330年代後半:英語)
次のプランタジネット朝もフランスのアンジュー伯だったアンリがヘンリ2世
として即位して始まったので、当然初期の国王はフランス語しか話しません。
1300年代に入ると、英語を理解する国王は出てきますが、
話すのはあくまでフランス語でした。
その状態が1330年代中頃まで続きました。
<きっかけ➀ フランスの領土を大部分失う>
変わり始めるきっかけは、プランタジネット朝イギリスが、元々手に入れていた
フランスの領土の大部分を失った頃からです。
フランスから取り返されたが正しいかもしれません。
フランスでの領土がなくなれば、必然的にフランス語を話す必要がなくなります。
<きっかけ② 百年戦争>
そしてさらにこの状況を一変させたのが、1337年に起きた百年戦争です。
王位継承争いから戦争に発展し、イギリスとフランスが国同士で激しく戦いました。
結果、イギリスではフランス語が「敵国の言葉」になりました。
逆に英語を使うことが「愛国的」と見なされるようになりました。
この戦争を始めたエドワード3世が、イングランドで初めて英語を話すように
なった国王です。
この国同士の戦争によって、お互いの国に「民族意識」が芽生え始めた結果、
言語としても国を境に「イギリス人は英語」、「フランス人はフランス語」と
分けられた構図になったわけです。
最終的に英語を完全に母語とした国王は、1399年に即位してランカスター朝を
開いたヘンリ4世です。
ということで年数で考えると、ノルマン朝の創始が1066年で、
母語として英語を話したヘンリ4世の即位(1399年)までと考えると、
333年、約300年間、イングランドの国王は英語を話さなかったことになります。
日本で置き換えたらすごい違和感を感じる話になりますよね。
「300年間も天皇が日本語を話さなかった」・・・
日本人としては複雑じゃないですか?
ここが面白いところで、逆にイギリス人はこの歴史について
特に何も思わないそうです。
当時のヨーロッパでは支配者が別の言語を話すというのは、
当たり前の歴史として考えられているからです。
このような違いを比較するのも歴史の面白いところです。
ということで今回は以上になります。
歴史の話は大好きなので、長文になってしまいました。
読んでいただき、ありがとうございました。
歴史の話はちょくちょく書きたいと思います。
一番楽しいので(笑)
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