こんばんは。

本日から「春期講習」が始まりました。

最近受験シーズンの疲れからお休みを増やしていたので、

急に朝から夜まで授業をするといつもより疲れを感じてしまいました。

 

この時期は、4月から中学1年生になる生徒が多くなっています。

算数が数学に変わり、英語もより体系的に学ぶことになります。

前回、私自身の英語の学習経験について触れてみたのですが、

今回はもう少し詳しく語ってみたいと思います。

日本の英語教育が間違っていると思う点についても触れます。

 

私自身と英語の接点というのは、幼い頃は全くありませんでした。

今では流行っている子供の英会話教室に通った経験も全くなく、

義務教育の中学1年生になるまで一度も学習したこともありませんでした。

そんな状態から始めた英語なので、正直全く興味がなく、

勉強していて楽しいとも思えませんでした。

 

私は以前の趣味の回でも触れましたが、子供の頃から日本語の文章に

慣れ親しんでいて、小説も好きでしたし、科目としての国語も得意でした。

日本の歴史も大好きなので、日本人だけがずっと使ってきた

日本語に対しても誇りを感じていました。

この考えは今でも変わりません。

「漢字」「平仮名」「片仮名」の3つを駆使することによって、

英語には出来ない微妙な表現を可能にしています。

例えば「尊敬語」、「謙譲語」、「丁寧語」などは英語にはないですよね。

細かい感情まで伝えられる日本語の表現は、「他人への細かい気遣いの文化」

を持っている日本人特有のもので、素晴らしいことだと思っています。

 

現代ではグローバル化が進んで特に英語がもてはやされていますが、

それは単に将来の社会的な地位を上げたいという欲求に動かされている

ところも大きい気がします。

ですが、日本人として生まれて日本で生活している以上

「まず日本語をしっかり学ぶ」ことも疎かにしてはいけないのでは

ないかと思っています。

それぐらい最近は、子供の頃からの英会話教室などが流行っているせいか、

英語が得意な生徒も増えている一方で日本語の表現力は小学生並みで

止まっているという生徒をよく見てきました。

日本人として本当にこれで良いのでしょうか?

 

では、話を私の英語に戻します。

ずっとつまらないと思って嫌々勉強していたわけですから、

成績も上がるはずもなく、そのまま大学受験の年まで来てしまいました。

文系の選択をしていたので、元々得意な国語や世界史の偏差値は高かった

のですが、英語だけが足を引っ張っているような状況でした。

正直そのままでもある程度の大学には進めたわけですが、

せっかくなのでもう少し上の大学を目指そうと、仕方なく英語の勉強を始めました。

最終的には単語や文法の知識を積み重ねて、文章の意味が理解できるように

なれば楽しくなるというのは分かるところまではいきました。

結局のところ言語なので、突き詰めれば国語の文章を読んでいるのと

同じ感覚になるわけですから国語が好きな人には当然の結果ですね。

ただ、これはあくまで文法や文章を読む「リーディング」の分野の話です。

「リスニング」や「スピーキング」の分野は現役時代は受験が終わるまで

ほとんど勉強することもなく終わってしまいました。

受験はどうしてもペーパーテストになるので、文字情報として目に映る

文法やリーディングの方が理解出来ていれば良いわけです。

もちろんリスニングのテストがある大学もありますが、

私が受験した大学では必要なく、あっても今に比べて比重が低かったです。

そのおかげで英語の偏差値も上がり、結果的に難関大学に合格することも

出来ました。

 

ただ当然ですが、語学なのだから本来は話せないと意味がないですよね。

日本の英語教育がリスニングやスピーキングに重点を置かなかったせいで、

私のように単語や文法力は高いが、簡単な会話すら聞き取れずに話すことも

出来ないという人が増えてしまったわけです。

実用性を考えるなら、この逆の方がはるかにマシだと思います。

結局のところ話せれば良いわけですから。

 

つまり、最初にリスニングや会話に必要な発音の基本すら教えずに、

単語や文法ばかりを教えていく日本の英語教育は本当に間違っていると思います。

それもあって、子供の頃からの英会話教室に通って発音の基礎を固めようと

する親の気持ちは分かる気がします。

ですが、私のように子供の頃から英会話教室などに通っていない生徒も

大勢いるわけですから、中学1年の義務教育からでも教えるべきだと思います。

 

では、なぜ最初に発音を教えるのが重要かというと、

「日本語と英語の発音の仕方があまりにも違いすぎる」からです。

日本語は全ての音程が均一でハッキリしていて聞き取れないということはないです。また、リズムも一定に発音されます。

ですが、英語は完全にこの真逆です。

音程はアクセントがあって上下しますし、リズムも色々変化します。

さらに前後の音が繋がったり(リエゾン)、消えたり(リダクション)もするので、

日本語のように全ての音がハッキリとは聞こえないです。

この大きな違いを知っていないと、会話を聞いても意味が取れませんし、

当然正しい発音で会話することも出来ません。

その他に母音についても、日本語と英語には大きな違いがあります。

日本語は5つの発音パターンしかありませんが、英語には倍以上あります。

 

したがって、そもそも日本語を聞くような(話すような)姿勢で

英語を聞こう(話そう)としてはいけないということを

最初によく勉強して知った上で、単語や文法の勉強をするべきだと思います。

その時間を学校が取れない事情も分かりますが、結局私のように実用的な

英語を使えないタイプの生徒を量産する結果になるだけです。

だから塾の優秀な英語講師でも、発音は出来ていない講師も結構多いです。

やたら単語や文法の知識はネイティブ並みにあるのに、

いざ発音になると日本語の発音のような英語を話しています。

昔に比べれば徐々にリスニングやスピーキングが重視されていますが、

それでも塾講師をやっているとまだまだ間違っていると思います。

日本の英語教育は本当にこれで良いのでしょうか?

 

ということで、今回は「日本語も英語もこのままの教育で良いのでしょうか?」

というテーマで、問題提起形式でお話をさせていただきました。

あくまで私見なので、一つの意見として受け止めていただければと思います。

長々と書いてしまってすみません。

もう少し読みやすいように書こうとも思っているのですが、

正直あまり読まれることを想定して書いていないです。

どちらかと言えば単なるストレス発散に使っているだけという感じです(苦笑)