魂の友け…
変な助詞だと思わないで欲しい
名詞の後に「け」を付けるのは岐阜東濃地方では"あり"なのだ
日本語方言語学的には分からないが、多分、驚きを表現する為の助詞…かな?
こんど北川悦吏子に聞いてみる(会ったこと無いけど)
今日はこいつ(あ、この方)に再登場してもらう
(宝石を沢山もっている)
上映会を成功させる為にはヤツの(あ、この方の)資金力に頼るのが、一番。
金にものを言わせ、無理やりチケットを売りまくる…
と、言うのは冗談で(セレブは本当?)EMIがガイアスペシャルの為にやってくれたのが、自分の友達などにチラシを配ったりSNSでの拡散だった。
「大丈夫でしょう?ヒデキなら多分上手くいくよ〜」
と、俺より随分若いエミちゃんはいつも上から目線で励ましてくれる
そういえば、だけど、人間関係で悩んでいる人は多い(話題は急に変わるね)
相談事で多いものに
「医者、治療師、セラピスト、治療法を変えても良いか?」
がある。
いまお世話になってる医者やセラピスト、占い師を変える事の恐怖がある、みたい。
これも所謂「人間関係」
「いますぐ変えたら?自分の命と引き換えに相手の言いなりになってるのはもったいないよ」
と、勧めるが相手の気持ちを慮ってそれができない。
自分の事を大切に出来ないひとは相手に巻き込まれてしまう
俺が「納得出来ない治療法、治療師、セラピストとは今すぐオサラバしてね」と言うには確信に近いものがある
俺の体験などから言えるのは
会わなければならない時には絶対会う
おさらばしてもまた会ってしまう
遅すぎず早すぎず、ちょうどいいときに会える
(これは森信三さん)
ということ
ご縁があれば必要があれば、何度でも会う
会ってしまうのだ
だから、この治療法辞めたいなと思えば目の前の医者やセラピストや占い師に、そう言えば良い
いったん離れても必要があれば、その治療法に再びであうから
いろんな人の出会いからそう確信できるようになったのはこの”セレブエミ”の存在が大きい
20年くらいまえ地球交響曲の上映会のために、知らない人のところに出かけチラシを渡していたりした
その時に快く引き受けてくれたのが「知多半田駅前のEMI」だった
以降、ときどきチラシなど告知のお願いをしたりしていたが、そのうちにだんだんと足が遠のき・・・
数年間は音信不通
あるとき、ウチでやはり地球交響曲のイベントの打ち合わせをしていた
スタッフの一人が
「友達がこんなことしますから応援してください」
といって渡されたチラシを見ると主催の名前に「EMI」が
あらま!
と思いその場で連絡してみると(携帯に番号が残っていた)EMIは自分のイベントの宣伝のために俺を思い出していて連絡先を探していたところだった!って。
こんな体験はきいてみると皆にある
連絡が取れなくなっても、取らなくなっても、必要なら出会ってしまう
30年ぶりに患者として
40年ぶりに家の前で
13年ぶりに繁華街で
この他にも数年ぶりにバッタリ、が去年のうちに俺に数回起きた
う~~~~
なんだろ?
っていうか、今日は何を書きたかったのか?
とにかく、出会いも別れも、全然気にしない
・・・・でいいかな
全て、神様?の采配なのだ
北川悦吏子には・・・会えない気がするが
ぢゃ!
