いい加減な人、と判ったら、その人を警戒するのは普通の事だろうとは思う。
ただ、私の場合は
「やっぱりね」「残念」
と、諦め半分の投げやりな感じがあった。
これは、私の車探しをしていることを知っている知人のお話である。遠方にいるこの方は、優しい、気遣いができる、と言われている人だ。確かにそうだ。優しいし、心は広いし、気遣いだってできる。が、何かが違う。それが何か判らないが、ポジティブなだけじゃない何かを感じていた。
この知人が久しぶりに会いたいと言ってきた。
近くに立ち寄るらしい。有名なカフェに行き、パフェを頂きながら「ところで車は?」と聞いてきた。
まだ探しているがちょっとお休み中。1台いい車があるが、予算が20万円オーバーしているので見合わせている、と説明した。
「20万? 値切ったらいいんだよ。それぐらいなら、値切れるよ。」
と言い出すこのおじさん。
「ディーラーだし値引とか値切るとか、それはできないらいいよ。」
「そんなことはないよ。(と言いながらスマホで該当車を探し始める)」
「これなら値切れるよ。」
と誇らしげに言う。
「そんな図々しいことは言えないわ。そんなこと言える?」
「当然だよ。言うだけただだよ。」
「だったらあながた今から電話をして私の代わりに値引き交渉してよ。20万下げると言ったらこれからかいにい行くわ。」
突然彼のwifiはつながらなくなり、電話ができないと言い出した。私は電話番号を彼に伝えた。しかし、その電話はネット経由なのでつながらない、とのたまう。
この時私は残り30分ほどで帰宅しなくてはならなかった。
30分の間、ネットはつながらなかったが、私と別れた後にかけたら済む話だ。
この時、この彼のいい加減さを知った。のらりくらり、30分を無駄に費やし、wifiがどうの、と説明しているこの彼を見ていて、自分の感じていた違和感の説明がついたのだった。
もし、違和感を感じているならその感覚は大切にした方がいい。
それは、直感がある、と有頂天になる事ではない。
あながた感じた違和感には答えがある。そこが重要なポイントだ。
人はその違和感を見逃しがちなのだ。それは直ぐに答えが見つからないからなのではないか?
しばらく先になって
「あの時の違和感はこれか」
と分かる時が来る。そこで初めて、直感を感じ取った自分、その直感が正しかったことを知る。




