見えない世界の日記 -15ページ目

見えない世界の日記

占い
スピリチュアル
など見えない世界全般の講師
作家

知人は、何度やっても重いか軽いかの判断がつかないと言っていた。何を聞いても、聞き方を変えても同じ重さにしか感じられないそうだ。

この知人、ダウジングをやっても同じくピクともしない。

3年かかってやっと幅にして1センチほど動くようになったのだから成長をしているとは言えるが。

 

では、なぜこのように一つの石が重かったり、軽かったりするのか? ダウジングが動いたり動かなかったりするのか?

その説明とされるのが、一つは、深層心理が反映されている、もう一つが見えない存在の方が動かしている、と大まかに2つある。AIに聞いてもこの二つの説明だった。

 

どっちが正しくて、どっちが間違っているのか、と聞かれたら、私なら「両方」と答えると思う。

ある時、知人が悩みごとがる人に頼まれてその場でダウジングを始めた。その答えはダウジングのYesかNoで判断するのだが、なんと彼女は自分の意思をダウジングに反映させていた。

まぁ、率直な表現で許されるのならば、この彼女は自分で自分の手を動かしてダウジングを動かしていた。Yes Noは自分の考えを伝えただけのことになる。

 

ただ、この行動は否定はできない。例えば占いをする側として、ご依頼者様の話を聞きながら「こういう結果になればいいのに」と思う場合がある。そうした、内心思った事を結果を伝える時の言葉に含めてしまう。
これは、裏を返せば、占い師の資質が問われる瞬間でもある。

占い師の潜在意識は、どうしてもゼロにはできない。

 

これは占いだけではない。スピリチュアル・カウンセリングにおいても全く同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

そのおもかる石だけれど、過去に私の願いにはっきりとノーと答えを出されたことがある。

この時が初めてのおもかる石だった。

 

願いを伝えながら両手で石をしっかり持ち、そして上げてみる。

 

ところが、重い、を通り越して、全く持ち上がらない。1ミリぐらい上がってもよさそうなものを、びくともしないのだ。

 

この場所のおもかる石は並んで2つあり、隣同士に置かれている。隣のおもかる石を見ると、ご年配の女性が普通に軽々と持ち上げている。

そんなバカな。

 

やっぱ、何かの間違いだ。持ちあがらないなんて。

そこで、もう一度、今度は違う願いを込めながらおもかる石を上げてみた。軽い。それは大げさではなく紙のように軽い。うそ? 同じ石なのに?

 

 
願いは叶わないと判断されたけれど、こういうことは外れるに越したことはない。

 

が、1か月後、当たったのだった。おもかる石様は的確に私の願いは叶わないと伝えていたのだ。

紙みたいに持ちあがった願いは、もちろん叶った。
 

 

続く

 

 

積極的に願いを叶えたいならこちら↓

 

 

おもかる石というのを御存じだろうか。神社や寺院などに行くと出会えることが多い。何カ所かで見てきた中で、大きさは様々ではあるが、大体20㎝~30㎝ぐらいの幅をしている。形は卵型だったり、お地蔵さんの形をしていたり、ヘビだったりする。座布団を敷いてその上に鎮座しておられ、賽銭箱も隣にあることが多い。

 

では何のための石なのかということだが

「あなたの願いが叶うかどうか」

を教えてくれるのだ。

 

方法は、願い事をしながら石を上げてみる。軽く上がったのなら願いは叶う。重かったら叶うのは今ではない、と判断する。

軽い重いは、そんな感じ、というのも含まれるらしい。あいまいな感じがしないでもない。。。。

 

 

ともかく、この日は友人と出かけ、その場所におもかる石がある事を思い出した。

今聞きたいこと、願いがあるとするなら車だろう。

「私、2か月以内に、車見つかります?」

と聞いてみた。

 

 

 

なんと軽々上がったのだった。ということは、願いは叶う。ならば突き進むしかない。きっといい車が見つかるに違いない。と決意を新たにしてから5カ月。

まだ車は見つかっていない。

 

 

私が書くのだから(笑)これでこの話は終わるはずがない。続ありです。

 

こんなものまであるとは。

 

 

先日書いた通りです。

 

 

なぜかタイミングよく雨が降る。

 

 

雨の日の思い出

 

 

 

 

 

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そういえば、雨女かもしれないと言いながら途中で止まっていたので、とりあえず続きを。

 

 

昔は典型的な晴れ女だった。それがある事をきっかけに雨オンナになってしまったのではないかと疑い始めることになった。

それは、先祖のお墓参りに出かけようとした時だった。日焼け対策、草取り道具、墓石磨き道具、など準備万端にして玄関の外に出て、ドアに鍵をかけた。一歩軒の外に出た時、ザザ~~っと、雨。

 

まだ車があった時、沢山買い物して荷物が両手で持たないと無理、な状態に。そういう時に限って、土砂降り。それも車が家の駐車場についた途端に。

 

同じ事がタクシーでも起こった。家の前までタクシーが着いた途端に大雨。大荷物を抱え、覚悟を決めて玄関まで走ったのだった。

 

重要な仕事の日、台風が来た。何と言うことか。よりによってこの日が台風だなんて。

 

帰宅の電車で、出発駅を出た時は単なる曇り空だったのに、駅についたら雨。傘はないし、コンビニまで距離あるし、そうだタクシーだ! 運が良い事に5分もすればタクシーが来ると判った。で、時間通りにタクシー到着。駅舎からタクシーまで走ろうとしたら、雨が降っていない。そう。タクシーを待つ5分の間に雨が止んだのだった。

 

などなど友人に話したら「雨おんなは龍神様のご加護がある。」とのたまう。まぁ、聞いた事はったのだが。

だが、正直申し上げて龍神様のご加護と、雨に濡れないのを比べたら、雨に濡れない方が今の私にはありがたい。だって、車が無いんだもの。