見えない世界の日記 -13ページ目

見えない世界の日記

占い
スピリチュアル
など見えない世界全般の講師
作家

営業マン君は、とても愛想よく出迎え、そして車に案内してくれた。知人と目的の車に乗り込むと、後ろの席にちゃっかり一緒に乗り、後ろからあ~だこ~だ、説明が始まった。

簡潔にここで教えてくれた内容を伝えると「いい車です。」の一言で収まる。

 

そして、運転席側のドア2枚に関して知人が詳細を教えてくれと頼んだ。

「見ての通り、とても綺麗に治っていて、直したかどうかも分からないぐらいです。」

そんなことは見たら分かる。

「どれぐらいの補修だったのですか?」

「本当に大したことないと思います。」

いや、浅い説明にがっかりする私。保守管理していたのなら分かるでしょ? と突っ込みたくなったが我慢した。

「そうですね。きっと、ですよ、多分ですが、線キズがついたので直さなくてもいいぐらいだけれど、きれいにしたくて直したのだと思います。」

はい?ガードレール説はどうなった? 

もし突っ込んで聞いたら『ガードレールにこすって線キズが付いた』と言っている彼の様子が見えてきたので、私は口を挟まないことにした。

思うかどうかではない。多分じゃない。事実を知りたかった。ただそれだけなのに。

 

 

 

「今日中に買うかどうか返事いただけそうですか?」

と聞いてきた営業マン君に

「考えます。」

としか言えなかった。

 

 

考えなくても、ヤ○セが扱ってくれないディーラー車であり、ガードレールか何か原因がわからない、補修をした車で、下手したら買った後に50万かかると予想される車なのは事実のようだ。

 

 

 

ディーラーさんには様々なブランドグッズがある。つい買いそうになったベアー。

 

 

 

 

 

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今までいろいろな車を見てきて、この車は納得できる車だった。ただ、今ひとつ決め手がない。決心しようとすると直感なのか、それとも別次元から聞こえる声なのか「違う」と聞こえてしまう。

おまけにコンビニ寄れ、と言われた事から営業マンから気持ちが引いてしまった。お金持ってないです、と困惑している人を目の前に、コンビニで下ろせばいい、とアイデアを出す熱心な営業マン、と判断する人もいるだろう。多分少ないが。

でも私は気持ちを持って行くことが難しい時、底には何かがあると知っている。

 

ふと、脳裏をよぎったのは、買う時はこのディーラーだが、保守点検は近くのヤ〇セだ。という事は買う時だけ目をつぶればいいのでは? そうだ!!!その通りだ!!! ということで、私はヤ〇セに連絡した。

「これこれ、こういう車があるが、買ったらそちらで保守点検の面倒を見てくれるか?」

「回答までしばらくお時間をください。」

だと。そんな複雑なの? 

 

 

待つこと1日。

「大変申し上げにくいのですが、わが社の車でそのようなお値打ちな車の保守点検サービスは難しいかと。」

「いや、認定車でベ〇ツですよ。ディーラーさんが売ってるのですよ?」

「伺ったグレード、年式、金額を元に、わが社のサービスに相談をいたしました。その金額と言う事は(派手に安い)何か問題があっても、責任を持たない、と判断しても良いかと思われます、とのことです。

例えば、バッテリーに関して言えば、我が社のサービスをご利用いただいた場合、問題が見つかると50万の修理代がかかります。ですので、必ずではありませんが、そうした予備費用がかかる可能性のあるお車を、扱う事はお客様のためにはならないと存じます。」

なんと。ということは、あの車を買ってもヤ〇セさんのお世話にはなれないということか。認定車両の意味ないじゃん。

 

なるほど、買う気になれない理由はそのあたりを直感が教えていてくれたのかもしれない。さらに、買おうとしていた車は、生産が中止になるらしい。二つほどのグレードに限るそうだが、その二つのグレードに該当していた。

 

 

このいきさつ知人に話した。

「よし。私が一緒に見に行ってあげよう。何か隠しているかもしれないし、はっきりさせよう。」

頼もしい彼女は早速行動に移した。

二人で足を運びもう一度車を見せて頂いた。ここで重要な確認事項があることに気づいた。

それは、最初に車を見た時のことだ。運転席側の前後ドアが2枚補修されていたのだった。この会社で下取りした車なので、点検整備、補修などは管理していてわかっているという。当然、補修について営業マンに説明を求めた。

「事故ではないと思いますが、ガードレールなどにぶつけて修理をしたのだと思います。」

得意満面なのはなぜだろう? 私の直観センサーが働いた。「思います、って何よ?」ひっかかるのだ。しかし、信じるしかない。 やめておけばいいのに「綺麗に治っているので大丈夫です。」という説明まで付け足した。

ここで「大丈夫って何が?」 と直観センサーはさらに点滅を激しくした。

いや、事件ではないが、私の霊感直観第六感のうち、いくつかが発動したのがこのべ〇ツに出会ったときだった。

ある日、ディーラー車なのに、異様にお値打ちな金額のベ〇ツを見つけた。自分がベ〇ツに乗っている映像はイメージとして全くなかったが、金額を考えた時、べ〇ツでもいいのではないかと思ってしまった。

 

 

まぁ、とにかくディラーヘ。すると、入口がわからん。こういうお店はあまり経営は良くないと風水的には判断できる。

が、店内は綺麗、広い、VIP感若干あり、だ。VIP感が若干ありというのは、店員さんにVIP感が足りない。ドアが開いたと同時に「いらっしゃいませ」と声をかけられるようなお店は期待していない。どちらかと言うとそういうお店は小料理屋さんのイメージだ。私の中ではだけど。

で、このディーラー、声はかからないは、こちらから客なんですが、と言わないと気づかないぐらいだ。というか、それ、私がこのお店の車を買うような格好に見えなかっただけじゃ?。デニムにチュニック、バッグはそれなりのバーゲン品(笑)。で、それの何があかんのですか? 

これからベンツ買うかもしれないんですよ。

お客さんですよ。

 

 

 

で、担当の営業マン君は若く、パキパキ仕事が出来そうなタイプの人だ。でも、直感センサーがビビっとなった。自分の対応に自身があり、特に女性には優しい、と自負してるな。。。と。

でもまぁ、車は完璧。というか今までで一番気に入ってしまった。

 

何がと言うと室内空間だ。車の割に広く、屋根も高い。カ〇ーラは屋根が低く圧迫感があったが、その割に車がデカイ。それは置いておいて、

そもそも車が綺麗だった。なら決まりか? 

 

営業マン君「気に入っていただけましたか? とても良い車だと思います。お勧めの一台です。」とノリノリな感じで攻めてくる。

「とても気に入っていて、このクルマでもいいかなと思い始めていますが、一晩だけ考えさせてください。明日返事します。」

「それなら、今、一部現金を置いて行ってください。」

「手付け金ですか? カード支払いOK?」

「そうです。お支払いいただくと、あなたに権利が与えられます。そうですね。現金のみです。」

権利って何?と思わなくもなかったが、それより現金のみ、がひっかかった。数万円と言われたのだけれど、現金持ち歩かない派な私は足りるわけない。それを伝えやんわり断ると

「こうしませんか? 今から駅まで送るので、その途中でコンビニ寄ります。どうです?」

 

はぁ????? 

コンビニでお金をおろして来いってか? 小前が言うな! あいや、失礼。言い直します。あなたの指示でコンビニなんて行きません。行くもんですか! やだね。

 

いずれにしても通帳鵜も、キャッシュカードも持っていない。だから無理です、と完全に拒否った。一気に気分が違う方へ流れて行ったのだった。
 

 

 

 

 
ヤフオクなら車が売られているが。。。。

 

 

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車が決まらない。いったい何が、選択をためらわせるのか。それを突き詰めていくと、「これに乗りたい」という明確な欲望が存在しない、という単純でありながら根深い事実に行き着く。

つまり、「欲望の不在」だ。車に過度な期待をせず、機能としての車として「なんでもいい」と言った知人がいたが、それも当然だろう。実際、ある知人は

「20万円の軽自動車を探してる」

と語っていた。移動できればそれでいいらしい。その潔さは、ある種の悟りにも似ている。

だが同時に、

「500万円の外車が中古で200万円になったのなら、300万円の国産車が中古で200万になったのなら、200万円の“お得”だ」

とい言った知人もいる。その発想の背後には、“元の価値”という幻想が色濃く影を落としている。どちらが正しいのか、そもそも正しいかを判断する基準さえわからない。
 

ある日本車の営業マンは断言した。

「外車は壊れる。絶対に壊れる」

と。断言とは、未知を拒絶する言葉だ。その確信はどこから来るのか?
他方、フランス車の販売員は語る。

「いまはもう、途中で止まるような車ではありません」

と。つまり、かつてはそうだったと認めたうえで、いまは違うという。その言葉に、進歩を信じる静かな希望を感じる。

こうしてみると、車という一台の存在をめぐって、価値観の交錯、世界観の衝突が見えてくる。

そしてふと、私は考える。それはたとえば「スピリチュアル」と呼ばれるもの。それについて語るとき、人々の意見は激しく分かれる。ある人はそれを「非科学的で馬鹿げたもの」と切り捨て、またある人は「人生を根底から変えた真理」として信じる。

この落差は、単なる好みの違いではない。言葉の定義そのものが、出発点からすでにずれているのだ。

そもそも、「スピリチュアル」とは何か。

多くの人は、「見えないものが見える」といった表現を口にする。けれどそれは、ただの現象でしかない。“何が見えたのか”“なぜ見えたと信じたのか”

その問いに向き合わずして、「見える」という言葉に意味を見出せるだろうか。

この世界の奥底には、未だ人間が触れ得ない領域が広がっている。人類の知識は限定され、理解とは名ばかりの誤解がまかり通る。

だからこそ、語られる言葉は常に、解釈の余白を持っている。車について語るときも、スピリチュアルについて語るときも、我々は同じ構造に立っている。

——「選択できない」ということは、もしかしたら、“意味の過剰”と“不在”のあいだで揺れている、現代人の姿そのものではないか。

 

 

 

 

この後は、知り合いにト〇タのSA〇という車種があると聞いた。いわゆるセダンだが、カ〇ーラよりは装備なども良いという。

 

探してみると、以外に台数は少なくその中でも1台が走行キロ数も少ないし、見に行くことにした。

店舗はとても古く、質素な作りでここの所見てきたディーラーとはちょっと違っていた。愛知ト〇タは昔は高級車しか扱わないディーラーというイメージがあったし、そのように聞いてもいた。しかし、建物なんて問題ではない。目的の車は屋根の下に置かれ、綺麗に洗車したようであった。

 

以前違うディーラーで

「まだ入庫になったばかりです。」

と言い、室内は汚れ、マットも靴の汚れがそのままついた状態だった。どこが汚れで、どこが傷なのか判らないのだ。

これから綺麗にする、と言われたが、掃除して綺麗にしたけど、落とせない汚れがあります、とか、汚れと思っていたら傷だったとか、そんな様子が脳裏に浮かんだ。きちんと確認を取るべきだし、勇気を出して聞いてみた。

「買う事を決めた後に、車を綺麗にする問う事だけど、落とせない汚れとかあって、綺麗にならなかった、なんてことはないですか?」

「やってみないとわからないです。」

そりゃそうでしょうね。

 

 

・・・・ていうか、それで買えとでも言うのか? 

 

また別のディラーで、とても車内もとても綺麗で、ドリンクホルダーの底部分も綺麗になっていた車があった。

そのディーラーには従業員は営業マンの二人だけと聞いたので、掃除は誰がするのか聞いた。すると

「ボクが隅々まで綺麗に掃除します。ピカピカになるまで、というのを基本にしてます。」

と答えた。この方から車を買いたい、と思ったほどだった。

 

 

で、このディーラーの営業マンはというと、そのどっちでもない(笑)。 

ただ

「もし買っていただけるのでしたら、ここまでわざわざ来られなくても、契約の際にはお宅まで伺います。」

とかなり積極的だった。

 

私はそういうのが苦手だ。親切だし、仕事もできる方だと思うが、あまり積極的すぎると怖くなる。

一旦、帰って考えたいと伝え、このお店を後にした。