遠山ドラマティア「C'est Promis」(以降セプロミ)閉幕しました。ご来場いただいた皆様ありがとうございました。全員揃って無事完走できた事は当たり前のようで決して当たり前じゃないこと。これを実現した出演者、スタッフ、関係者全員に敬意と感謝を表し、千秋楽の舞台上で心からの拍手を贈りました。本当にありがとうございました。

今公演の出演は自分にとって前回公演「Fight For F」のリベンジ的な要素もあったので、より感慨深いゴールとなりました。このチャンスをくれたプロデューサーの一輝くんと演出のとしょくん、振付のYOUちゃんに心から感謝しています。



今回は僕の中でも公演タイトルどおり"約束"の舞台でもありました。遠山作品「Fight For F」では公演期間中に怪我をしてしまい、演出面や振付面において様々な変更をしていただきました。出演者の皆さん、スタッフの皆さんに多大なご迷惑をおかけしました。それ以上に皆さんからの優しさに胸がいっぱいになりました。そんな自分がセプロミへの出演依頼をいただいた時はとても驚きました。変更や代役などを入れて上演できる組織力も素晴らしいですが、稽古で共に積み重ねたもの以上に妥協無き作品は存在しないので、それを崩してしまった事は相当に悔やまれるものだったと思います。もちろん自分もその気持ちでした。その要因となった自分がお声がけをいただき、僕の中ではとにかく"無事完走"という当たり前ではありますが、そんな約束を胸に抱き稽古へ挑みました。

結果、演出側を中心に、組織としてもその点に細心の注意を払いながら進行してくださったお陰で全員で完走できました。専属トレーナーの袴田さん、そしてファミリー整骨院の皆様のご指導とご尽力が無ければ成し得ていない結果だと思います。本当にありがとうございました。僕の中ではとても大きく、世間的には些細なこの約束が果たせた公演でした。







作品と役と向き合う時間は前作以上に費やしました。役柄もあり赴いた宗岳寺で手を合わせることから始まりました。犬塚と六地蔵尊には豊臣秀吉から伝えられている愛情が滲み出ていました。きっと舞台上にあった翼の像にも力が宿っていたことと思います。そしてそれは今公演の企画と演出と振付の想いが強い公演だったからではないかと思います。



としょ君のブログ記事↓



演劇も多様化し、原作ものやLIVE形式のものや即興性の高いものなど楽しめるコンテンツが沢山あります。その中で遠山ドラマティアと銘打って挑むことは並大抵の覚悟では無かったと思います。そこにはとしょ君がブログで書いている通り、二人の大きな存在があったからこそ実現できたことだと現場にいる人間としても強く思います。

仕事量や消費時間や労力的に「大変なこと」というのは置いておくとして、僕はこの3人の楽しそうな姿や嬉しそうな姿を見れたことが途轍もなく嬉しかったんです。これは「成井豊と梅棒のマリアージュ」や「Fight For F」を経て今回参加させてもらった僕だから尚のこと感じることかもしれません。本当に嬉しかったです。遠山昌司が作りたい作品を全員で形にする!という意気込みが少しも薄れることなく完走まで続いたことは、先頭を走る3人の姿があったからこそ。お疲れ様でございました。そして皆んなで頑張りましたよ。しっかりと肩を組んで。



まずここに触れておきたい。

現代の演劇にダンス表現が用いられている舞台は少なくありません。大阪から東京に出てきて12年の僕は、ここ東京でダンスが用いられている舞台作品の多さに驚いたほどです。自分も演出としてダンス表現を追求した作品を創ったことがあるので、"演劇×ダンス"という環境にはとても多く触れている方だと自覚しています。

そんな僕が思ったこと。それは、ダンサーがこんなにも役者や演劇に寄り添える環境は他に無いということでした。演者が踊って進める舞台はあります。演者とは別にアンサンブルとしてダンスで背景を彩る舞台もあります。しかし遠山ドラマティアでは演者とダンサーが分かれている環境ではあるものの、演者とダンサーが密に繋げていかないと成り立たない演出であること。そして互いへの理解を重んじて稽古を進行すること。これらは稀な環境であると思います。


そんな環境ではどんな相互作用が起こるかを、自分を例として説明します。こういう話は他でした事がありませんが、置き土産としてここに記します。

ある曲中でダンサーが演者の心情を表現してくれる場面がありました。ダンサーの御一人が僕の役がどういう気持ちなのか、その起点と経過と結論をを聞いてくれました。それを聞いた上でそのダンサーがダンスという表現ツールで僕の役の心情を表現してくれていました。稽古中にそれを見たぼくは、そのダンサーの動きのきっかけにしている音、カウント、動きと流れの強弱、入り方と終わり方、群舞へと合流の仕方などを見させてもらいました。その後にする作業としては、まず自分の演技出力を弱め、引力を強めます。そして動き出しのタイミングをダンサーのきっかけ音かカウントに合わせていきます。心の動きから体の動きに伝わって動き出すまでに無理がある場合、心が動き始めるタイミングそのものを曲中で前倒して挑みます。そしてダンサー特有の空間の動きや流れになるべく身を寄せられるよう、体や顔の向きや流れる方向を、全く同じじゃなくとも逆らわないようにだけ気をつけていく。ここでやっと舞台上で画として共存していきます。終わり方は稽古中にダンサーの動きのフェードアウトに合わせていたのですが、歌のフェードとも合っているため自分の演技がダンスっぽく見えてしまう可能性があったために、タイミングを後倒して次の歌入りから終わりへフェードさせていくことにしました。感情の流れと相手役であるひこひこ君とのコミュニケーションがとても気持ち良く進んだため、このプランで納品しました。


と、こういう事ができるんです。

とても贅沢でしたね。密な共存のためにもっと出来たことがあったとも思いますが、お互いが自分で解釈して自分なりにぶつける事に勤しめたことはとても良いセッションを産み出しました。

本番中に舞台袖で見つめる先には常にダンサーがいて、ドラマを繋ぐ僕たち演者の熱量を保ってくれていました。そしてそれを受け取った他の共演者たちの受け取り方も見えてくる。舞台上での演技とは別のコミュニケーションが増える。刺激的な環境でした。

そんなダンサーチームを作り上げた、振付師でありダンスリーダーのYOUちゃんは本当に素晴らしかったです。振り作り、振り入れ、自分の拘り、作品解釈のすり合わせ、フィジカルケアと本番中のストレッチインストラクター、そしてダンサーとして誰よりも自分が動き楽しむこと。

後半のとあるダンスで、我々の手の動きが振付と違っていた時にYOUちゃんは「その手を捨てないでほしい。何かが込められた手でしょ?」と役の心情的視点に重きを置いて訂正してくれました。"ダンスをあなたの演技の味方にしてほしい"という優しさとして僕には届いて、繊細で難しくなった分、そこでのダンス表現がとても愛おしくなりました。

演劇とダンスはまだまだ互いが外国同士みたいなもので、言葉の伝え方がわからない人が多いんです。そんな中で演者に伝わる言葉使いや誘導、逆にダンサーに伝わる言葉使いや誘導を互いが知っているだけで、また一つ境目は消える。それら全てが面倒臭いからこそ優しさや尊重する精神が大切なのだと思います。

今話したことはお客さんには関係のないことであり、そんな視点は必要のないことなのですが、こういう事があってあの舞台が出来ているのだと思っていただけるだけで充分です。今後暫く無いので、敢えて書かせていただきました。



稽古場で写真を沢山撮りました。やはり撮るの好きみたいです。稽古風景もっと撮りたかったです。



大和くん面白かったですね〜。

あるシーンでバス停(ハチロウ)の後頭部に書かれた文字について触れた後、竜子への愛を後頭部にしたため始めた時は舞台上で笑ってしまいました。精巧にできた馬の被り物も危うかったですし。そして大和くんといえば、彼が演じる朝房が竜子を連れ出すことを打ち明け、そのことを我々夜鷹がこっそり聞いていたというシーン。そこで朝房は我々に背中を見せます。長として涙を見られまいとしている武士としての姿、そして我々を慕う竜子との時間を尊重する優しい姿が表れています。僕はその場を去る際に、頭を下げます。この行動はプランでも何でもなく自然と出た仕草なんです。その前の会話を聞いた上で朝房の漢気と優しさに感銘を受け、そしてここでやっと、二人の契りを認めて婚儀を心から祝福できたように思います。もっとやりとりしたかったですねー!こんな素敵な役者さんに出会えて嬉しかったし、描かれていない時間を埋めながら一緒に物語の橋を渡れたことが何より嬉しかったですね。


同じシーンで印象深いのが樹里ちゃんです。

このシーンで芝居としての答え合わせしてるような感覚だと伝えると、同じ気持ちでいてくれたことが嬉しかったですね。やはり演劇をしているわけで、その道中には高い山も激流の川も茨の道もあるんですが、このポイントで互いに経過を示し交わすだけで演じ甲斐が格段に上がります。もともと会話劇畑の僕はその確かめ合うポイントが無数にある橋を渡ってゴールを目指していましたが、今回のようなポイントが極僅かな舞台でも、息をして体内に血を巡らせていれば大丈夫だと確認できました。ずっと演ってきて激らせてきた血があるのだから。本当に樹里ちゃんがいてくれて良かった。楽しかった。


そして主演のつるちゃん。

通し稽古や自分が出ていないシーンの殆どがつるちゃんを見る時間でした。翼が鷹彦が行く道はどっちで、どこで、どの程度なのか。それが僕の役作りの基盤となりました。ダンゴロウとポスト(スタンリー)は彼の目的を探す旅を軸に生きていたからでしょう。それが夜鷹とマスカのため、それらは竜子と涼子と麻夏のためであり、朝房と智樹のためであり、それを生き甲斐として駆け抜けられる役でした。仏門に身を置いていた者として殺生はせず、鷹彦の目的を守るために六尺棒をぶん回し、真っ赤なコスチュームに負けないほど笑顔を振り撒いていました。

つるちゃんと話したのは主に解釈の擦り合わせでした。梅棒で共演した際も同じかもしれません。「ココ!」というところを話して、あとは楽しむ。苦しむ。ちょっと遊ぶ。それが今回も健在で楽しかったです。


僕を起用してくれたとしょ君。

梅棒の風桶という作品で共演して体感した快演、そして過去2回演出してもらって知った説明下手な一面。そんなとしょ君には体現と体当たりが一番の話術。失敗を笑ってくれて、成功を静かに讃えてくれて、前から見ていても隣で演じていても変わらない温度があります。ほんと…よくもまぁ…また起用してくれたなぁと。僕の仕事はなかなか出来る人はいないと思いますが、僕のポジションに立てる人は山ほどいて、僕を上回る人気と実力を持った人も山ほどいます。でもここで起用してくれた理由を、その説明下手なとしょ君がしっかりと伝えてくれました。嬉しかった。より一層、締め括ることができました。この節目にこの舞台に立てて幸せでございました。ありがとう、としょ君。















色々と伝えたいこともありますが、28日にアフタートークもあるようなのでここらで失礼します。

あとですね、個人的なお願いにもなりますが、今後も朝田淳弥、古謝那伊留の応援をお願いします。大好きな弟たちです。既に人気者の彼らですが、役者としてもこれから僕のポジションを担う存在になるどころか、それを超えてどんどん前に立っていく役者になると思います。そしてお客様の力を何倍にもして表現に変換し楽しませてくれる人たちです。どうか彼らに沢山のチャンスとエールを寄せていただけると幸いです。梅棒の舞台の応援と並んで、どうぞよろしくお願い致します。



最後にここでも言わせていただきます。





「舞台、最高!」







読んでいただきありがとうございました。







ダンゴロウ


ポスト(スタンリー)








正安寺悠造