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前回の話
続きです。
次からハッハッっていう
呼吸にして、
と指示がありました。
次というのは、
次の波がきたらという意味。
これまで数えきれない程の
逃す呼吸、それに加えた
いきみの呼吸を
し続けてきたわけで
それはもう
繰り返しまくってきたわけで
「次から呼吸を変える」
という
新しい段階、
先の見える次の段階に
入ったんだことがありがたすぎて
その指示を
前のめりにというのかな
すんなり
それはもう言われたまんまに
もちろんやりますよ!
という感じで受け入れる私。
ただ、だからって
慣れていない(やり方を
習得しているわけではない)ので
その、言われるままに
やってみた私のハッハッが
いまいち上手くなかったのかな?
それとも単にまた
段階や状況が変わったのか
分からないけど
ハッハッの途中で
「は〜」にしてみて
と指示がありました。
もう感じている
(気持ちでなく)物理的な方の
「キツさ」、
大きくて自分ではどうしようもなく
プロに任せるしかない感からの
怖さ、
「早く・・・」感、
言われるまま
なされるままの頼りきり状態、
余裕なしの必死瀕死の
「は〜」をしてるうちに
はち切れそうなのに
それをさらに広げられる感じで
うぉぉ&早く〜
と待ったあと、
ようやくの・・
出た!!!
出産の瞬間でした。
もうね
やっと生まれて
おかげさまで
ありがたいことに
無事産まれて
何を思ったかというとね
上に書いた出産のときの描写は
当時の私の記録メモの言葉で、
出産直後に何を思ったかは
メモに書いてないから
今2023年の私が
あのときを思い出して
書いてるんだけど
この記憶はたぶん間違ってない
やっと やっとやっと
終わった(解放された)・・・
ですよ。
安堵感とかホッとしたって
言葉じゃ
ちょっと足りないくらい
ああぁぁぁ・・
終わったぁぁ
これで解放されたぁぁ
っていう
限界をとっくの昔に
超えている人間の
喜ぶ力も
脱力するための力も
ほぼゼロの状態の
力尽き感。
(安堵の感情をかみしめるとか、
疲れたーって息を吐く感じって
心と体に力がある程度
残っている人がやるものだと思う)
別に珍しいものではない
うん、
多くの妊婦さんが
出産後に思うことと
同じだと思います。
今日だって、世界のどこかで
出産した、とてもがんばったママが
感じているだろう感想。
だけど、それでも
私は、1人目のときは
そうではなく
楽しかったというか
これまで味わったことのない、
快感さえともなうような
体感覚、辛かった前半からの
嘘のような後半の進み方の感動、
出産という一大イベントの興奮、感謝、
痛みがなく上手く
身体を使えた嬉しさ、
何より
(心に力が残っていて)
愛しの娘についに会えた、
母子ともに無事に出産できた
喜びと幸せを
しっかり感じていた覚えが
あるから
そして二人目・息子の
この出産でも
できればそうありたい、
なんなら1人目より
快感にいきたいって
願いすらあったわけだから
なんか
そうなれなかった残念さ・
ギャップへの悔しさ・
どうして・・・
っていうのは
少しはあったし
(これは出産直後は「少し」で
むしろ難航してる陣痛中の方が
ときおり感じてた気がする)
あともしかしたら
「なめてましたごめんなさい」
「陣痛を痛がったり
上手く力を抜けないのは未熟
(私はそうはならない・できる!)
とか傲慢でしたごめんなさい」
みたいな気持ちも
少しはあったのかもだけど
(これも陣痛中の方が
何度も感じたかな)
実際、出産直後の
私の頭のなかが
どうだったかというと
ギャップに
自分で苦笑い みたいなのは
少しで
「無事に生まれたから・
とにかく終わったから、
もうなんでもいい・・・」
みたいな思いの方が
ずっと多かったように思います。
まぁ
そんな考えたり反省したり
振り返ったりする気力も
体力も残ってないし
当然といえば当然というか・・
というわけで
20記事目にして
ようやく出産まで書けました。
もし20記事読んでくださった方がいたら
本当にありがとうございます。
(ちなみにこの記事、
私の「2人目妊娠出産」カテゴリーの
100記事目みたい。色々記録したなぁ)
こんなに長いレポなので
出産まで書けたからといって
ここでぶちっと終わる気もなく笑
このあと
今回の出産を通して
何度も思ったこととか
その後の息子の様子など
少し書こうと思います。
(体重が増えなくて入院中に
出生体重を下回っていき
退院が延びたりしたけど
どこまで書こうかな)
というわけで、次の記事へ続きます