旭川駅を9時ちょうどに発車した特急宗谷は、遥か259.4km先の稚内駅に向け進んでいきます。路線名は函館本線から宗谷本線へ、線路も複線から単線へと変わり、ローカル色もより一層濃厚に。

 

 

発車後少しの間は旭川市街地を走り、都市的な車窓風景が続きますが、それもすぐに尽き、『最果て』への気分がどんどん高揚していきます。

 

新旭川駅網走方面への石北本線を見送り、そこから先は稚内まで宗谷本線のみが延々と続く一本道。途中から分岐する路線は、かつては名寄本線深名線など数多くありましたが、今は1つもなくなってしまいました。鉄道を愛する私としては寂しい限りですが、これが現実、受け入れるしかありません。せめて今残っている路線の存続を心から望むものの、廃止が噂されている路線は複数あり、それも正直難しいでしょう。

 

基本的に人跡未踏の地を行く宗谷本線ですが、それでも沿線には2つの『市』、士別市名寄市があり、それぞれの中心士別駅名寄駅の周囲には、しっかりと市街地が形成されていました。

 

 

 

名寄駅では2分停車。その間を利用しホームへ出て軽くストレッチをします。主要駅らしく、ここでも多くの下車があったようです。

 

その名寄駅を過ぎると、周囲は一気に寂寥感も増していき、時折現れる駅周辺以外には、人工物は一切ないといった、本州ではほぼありえない車窓風景が続きます。

 

こちらは10時15分到着の美深駅

 

 

 

かつて『日本一の赤字線』と称された美幸線が分岐していたことでも知られる駅で、現在は人口4,000人ほどとなった美深町の中心駅。それでも沿線では人口は多い方で、ここでも数名が下車していくのが見えました。

 

そして難読駅として名高い音威子府駅へ。

 

 

 

『おといねっぷ』。何とも北海道らしい響きです。発車の衝撃で目を覚まし、なんとか駅名標だけは撮ることができましたが、それまでは完全に爆睡していました。駅舎などを見逃したのは痛恨の極み。情けない・・・

 

 

 

列車は北海道第2の大河天塩川に沿ってさらに進んでいきます。まさに北海道といった景色に、さすがに眠気は吹き飛んでいきました。

 

それまでの上川総合振興局を抜け、宗谷総合振興局に入り最初の停車駅幌延駅では上り列車とすれ違い。

 

 

 

そして稚内市の手前では最後の停車駅となる、豊富駅には11時59分の到着。

 

 

 

どうやらここは日本最北の温泉地のようです。温泉には興味のない私としては、あまり気になりませんでしたが、きっとマニアにはたまらない場所なのでしょう。

 

車窓にはサロベツ原野と呼ばれる、広大な湿原が広がります。いよいよ稚内が近づいてきました。

 

 

 

サロベツ原野を抜けると次第に人家が増えていき、南稚内駅には12時35分の到着。

 

 

スーツ姿の出張と思われる乗客の多くは、ここで下車していきました。市街地へは終点の稚内駅よりも南稚内駅の方が近く、事業所などもこのあたりにあるのでしょう。

 

車内はほぼ観光客のみとなり、日本最北端の稚内駅には、定刻12時40分の到着です。

 

 

駅名標は、光の加減で暗くなってしまいました。残念・・・

 

そして『回送』表示となった車両を撮影。

 

 

札幌駅を7時30分に出発しおよそ5時間10分。ここまで本当にありがとうございました。

 

さて、ついに最果ての地稚内までやってきました。これからは残る半日を利用し、最北端の宗谷岬ノシャップ岬などを巡り、稚内を十分堪能しようと思います。