幸福の科学を知った時は
大川隆法という、仏陀の生まれ変わりが、
漢文のお経では意味わからないので
現代文にしてくれて、
それと
時代も変わっていて
托鉢して暮らしてるわけにもいかないし、
もっと、ちゃんとごはん食べて仕事もして
社会を発展させねばならんので
仏教を現代に合うように焼き直した、
という認識だった。
私が会員になった頃は、
宗教の挑戦だったかな
沈黙の仏陀や
不動心などを読んでて、
エル・カンターレという言葉は
あったかなかったかも覚えてなくて
まあ、その頃は、
幸福の科学は新しい仏教という気持ちだった。
最近は、
エル・カンターレは始原の神で
造物主、という言葉で
奏上文にも、支部からのメールにも表わされている。
それはそれでいいのだが、
私の中では、
仏陀=シッタールダ、になっているため、
仏性という文字を見ると
シッタールダが
ババーンと目の前に現れてしまうのだ。
なので、
仏性とエル・カンターレが
繋がらなくて
あれれれれ?っとなってるのだとわかった。
そこで
仏性ってそもそも何だ?というのを
書籍で拾い読みしてみたのだが、
ええっ?ってくらい
シッタールダが立ちはだかって
仏性に到達しないのだった。
シッタールダがどいてくれないので
仏性という言葉から
離れてみようかしら。
いやん。