教育の使命は、
半分くらい読んで、休憩中。

先日のご法話の晩、
わかやまちゃんから電話があり、

「隕石のこと、お話されなかった?」

と聞いた。

隕石のお話はなくて、
演題の通りだったよ。

と答えた。

今日は、
喜びいさんで息子がテストを見せた。
100点だった。

ところが、
先生、丸つけミスで、
一問間違えているのに
○がついている。

「これは、100点ではないよ」

息子、ガッカリ。
お母さんの気持ちも複雑だ。

お母さんも気がつかずに、
ほめておいたら、
息子のモチベーションは高いままで、
その方が良かったかも?

んー。
でもなー。

違うものは違う。

教育ってなんだろう?

サクセスのお手伝いについても、
いろいろ考える。

娘の受験も落ち着かない。

自分の母親は、
学習に関係するモノには、
費用を惜しまない人だった。

ランドセルや、
制服は皆よりランクが上のお品だったし、
図工の彫刻刀は、
みんなは紙箱入りだったが、
自分のはプラスチックケースで、
彫刻刀は、改めて研ぎ直してあった。
万年筆には父親が名前を刻印してくれていた。

その代わりといえばゴヘイがあるが、
雨が降ればイヤでも長靴で、
今では珍しくないが、
自転車にはヘルメット必須で、
ガッツリと良い子の姿を維持させられていたと思う。

大事な子だったのだな。

当時は塾などない時代で、
幸い、好成績だったから良かったものの、
今の時代のように塾が当たり前な時代だったとしたら、
毎日お茶漬けだけにしても、
私を通わせたかもしれない。

高校生になっても、
娘はサクセスに通わせて、
小さな子供達の面倒を見させるのはどうだろう?

生徒としてサクセスに参加するのが、本来の姿だから
それは欲張りかも。

つまりは、
塾は行かずに、
サクセスだけでいいかな?ってこと。

うううんん。
眠くて何書いてるかわかんなくなってきたので
おやすみなさい♪










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