☆・・・抜粋…☆
先日、ある人からこんな質問を受けました。
「政治家の言葉というのは全く信用できない。
自分が命令しておいて、
平気で“知らない”とか “関与していない”と言う。
幸福実現党は宗教政治家というけれど、
普通の政治家と違いがあるのか」と。
私たち宗教政治家が、
「ウソをつくべきではない」
「悪いことをしてはいけない」と考え
「国民を欺いても大丈夫だ」という考えをとらない
その理由についてお話します。
いったい何を担保としているのか、それは2つあると考えます。
まず一つめは、
「天上界からすべて見られている」ということです。
人はあの世に還ったあと、天国へ行くのか、地獄へ行くのか、自分の行き先を決めるために
過去をうつすスクリーンを見ます(「照魔の鏡」ともいう)。
自分の生前の何十年かの個人ヒストリーが大勢の前で上映されるのです。
このとき周りの人が陪審員のようになり、これを見ているうちに
本人も納得して、あの世でのコースが分かれてきます。
ですから「天上界からすべてを見られている」
「心の中を常に見られている」という霊的人生観が、
正直でウソをつかない生き方の根拠、担保となるのです。
マルクスは「宗教はアヘンだ」と言いました。
宗教を信じる人は弱い人間であると思っているわけです。
けれども、私はそういうふうには考えていない。
「常に心を見られている」ということを自覚し、
誰に知られようと知られまいと自分を律して生きていくことは、
弱い人間ではできません。
むしろ、こうした考えは、政治家そのものが本来持たなくてはならない
心的態度、attitudeだと思っているんです。