木村党首 3月15日のブログ☆



☆・・・抜粋…☆


先日、ある人からこんな質問を受けました。

「政治家の言葉というのは全く信用できない。

自分が命令しておいて、

平気で“知らない”とか “関与していない”と言う。

幸福実現党は宗教政治家というけれど、

普通の政治家と違いがあるのか」と。

私たち宗教政治家が、

「ウソをつくべきではない」

「悪いことをしてはいけない」と考え

「国民を欺いても大丈夫だ」という考えをとらない

その理由についてお話します。

いったい何を担保としているのか、それは2つあると考えます。

まず一つめは、

「天上界からすべて見られている」ということです。


人はあの世に還ったあと、天国へ行くのか、地獄へ行くのか、自分の行き先を決めるために

過去をうつすスクリーンを見ます(「照魔の鏡」ともいう)。

自分の生前の何十年かの個人ヒストリーが大勢の前で上映されるのです。

このとき周りの人が陪審員のようになり、これを見ているうちに

本人も納得して、あの世でのコースが分かれてきます。


ですから「天上界からすべてを見られている」

「心の中を常に見られている」という霊的人生観が、

正直でウソをつかない生き方の根拠、担保となるのです。

マルクスは「宗教はアヘンだ」と言いました。

宗教を信じる人は弱い人間であると思っているわけです。

けれども、私はそういうふうには考えていない。

「常に心を見られている」ということを自覚し、

誰に知られようと知られまいと自分を律して生きていくことは、

弱い人間ではできません。

むしろ、こうした考えは、政治家そのものが本来持たなくてはならない

心的態度、attitudeだと思っているんです。