アホ息子から母へ(肺癌と共に歩む、僕らのこれからの人生) -4ページ目

アホ息子から母へ(肺癌と共に歩む、僕らのこれからの人生)

突如母親の末期癌宣告を受けたアホ息子の奮闘記。

「男なら泣くな!強くいろ!」


幼少の頃から、父の教えはそれに終始した。


元々父の父、つまり祖父が昔かたぎの性格というのも災いして


平成の世では時代遅れの「男子たるもの、かくあるべき」


そういう空気が家の中にはあった。


長男である私は、何かあっても私のせい。


理不尽さに涙したことも数多い。


ただ、涙粒は流さなかった。


涙粒を流すと父の容赦ないビンタが


泣きやむまで続いたからだ。


もちろん、ビンタをされるから私はなく。


泣くから更にビンタされる。


負の連鎖とはまさにこのことを言うのだろうと


幼いながら思ったもんだ。


だから、私は辛いことがあるとトイレに駆け込み


涙が流れまいよう流れまいよう


口をへの字に曲げ、目を見開き、


涙は流してないと、父にアピールしたもんだった。


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突然、母の末期癌宣告を受けた、バカ息子の実体験
「バカ息子から(仮)」 002
不定期更新

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この表現だけみると非常に虐待されてたんだなーと


思われるかもしれない。


確かに人によっては虐待に分類されるだろうw


けども、私は良かったと思ってる。


この経験があり、今に至るまで


私は人前で泣いたのは数えるくらいだ。


一つは結婚式のスピーチで。


一つは祖母や愛犬が亡くなった時。


そして、感動映画でなく時、だ。


感動映画では歳のせいか分からないが、


年々涙もろくなる。


映画は基本一人で見に行くのが平気なタイプなので


本当に人前で泣くことはない人生だったと思う。


こんなことを書くと知ってる奴から


嘘付けと言われるかも知れないが、私自身は


泣いてない、つもりだw


横道にそれたが、私は基本泣かない。


それを知って欲しかった。


だが、どうだろう。


「かーさんが末期癌」この一言で


昨日からどれだけの涙を流したことか。




人間こんなに泣けるんだって思う程


涙が止まらない。






昔、辛い時があっても父には過去の経験があり


中々伝えられなくても、母には話せた。


マザコンと思われるかも知れないが、


母がいたから、今の私があるのだろう。


※もちろん父の背中も私の人生で大きな意味を持っている。







これを執筆している今も目には涙が正直溜まっている。


まだ、最終的な症状の確定は


これから全身転移の検査をして3/7の結果が出てみるまで分からない。


ただ、知り合いの医者の友人数人に確認しても


経験的な余命は6~12か月とのこと。


色々経験してきた方とは勝手に思っているが、


この事実をすぐに受け止めれる程、


私の心はまだそんなに強くなかった。




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※これはノンフィクションです。

※これが、同様の境遇にいる方々の参考になれば幸いです。

※癌宣告を受けた家族の方のご意見があれば、是非教えてください。

※気分が乗った時にしたためます。文章は初めてのことのなので

 読みにくいことも多々あるかと思いますが、ご容赦頂けますと幸いです。

※いいね、コメント等があれば、書く気力になりますので、宜しくお願い致します。

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