自慢の長男、誇らしげな母の寂しげな背中
少し、兄の自慢をしてしまいます。
うちの兄は、良い大学を出て、
良い会社に就職をしたいわゆる勝ち組の様な人でした。
24歳でBMWに乗り、
正直、態度も横柄で、目に余る時もありました。
そして何より、その真逆を歩んできた弟からすれば、
兄に対し、ある種劣等感を抱いていたと思います。
金があるからなんだ?
良い大学ってなんだ?
良い会社で働いてる奴が偉いのか?
その癖金にはだらしなく、自分の方がよっぽど家のことをやってるよという思いもあり、
そんな気持ちを拭い去れず、20代の頃は殴り合いの喧嘩ばかりをしていました。
やがて兄が結婚をする事になり、
家を出てから急に距離が縮まった様に思えました。
きっとあいつもそうだったと思います。
歳を重ねるにつれ、弟でしかなかった存在が、友人になり、相談相手になり、
いつの間にか対等に話せる様になりました。
ここまでは良かったのだが‥
最後の数年は目も当てられない関係性に変わってしまいます。
対等だった関係性が壊れてしまいます。
母の事で色々大変な思いをした、と勘違いも甚だしい頃の自分にとって、
手を貸してくれない兄の存在が憎きものに変わりつつありました。
あいつばかり楽しみやがって、と。
僻み以外の何者でも無い感情をぶつけ続けて、
兄から絶縁を申し出されてしまいます。
それから三年。
久々に取った連絡が、
「癌にかかりました」
久々に聞いた声は数年前と変わらず張りのあるものでしたが、
命の期限が迫ると共に、覇気がなくなっていきました。
そして昨秋に他界。
あっという間でした。
体が自由に動かせない母は、入院中の息子に会うことも出来ず、
「息子の葬式に親が出るもんじゃない」と、
無理をしない選択をし、葬儀にも参列しなかった。
そんな母に今日、超不良甥っ子と義姉が会いにきてくれました。
自分も今日は帰りに施設へ寄る日だったので、さっきまで居たのよと母から話を聞き、
誇らしげに一通の手紙を母が自分に渡して来ました。
それは、
兄がいかに人生を走り抜けたかという証。
良い会社に入った勲章みたいなものでした。
和歌山の高野山にある、某合同慰霊碑に兄の名が刻まれたという報告の手紙でした。
複雑ではあるが、兄の死が早かったから見られた光景なのかもしれない。
だけど、母はとても誇らしげだった。
「死してなお、親孝行とは凄いな」
と、母に告げた自分の思いは心底兄に捧げたい言葉そのものでした。
「高野山に行きたいわね」と呟いた母。
体が不自由な今、正直現実的ではない話。
「俺が一人で行ってくるよ」と言うと、すかさず
「あんた、そんな格好じゃ失礼よ」と返されたが‥
帰り際の母の背中には、
誇らしげな思いと寂しさと悲しさが全部乗っかってる。
そんな風に見えました。
やっぱり兄には叶わないな。
誠/CONCEPT