誠fromなんたら男のBLOG

誠fromなんたら男のBLOG

弾き語りで歌ってます。
現在ライブ活動休止中。

バンド、再始動します。
現在準備中。

予想以上に困難なバンド活動


色んな事が重なり過ぎて、


とりあえず全ての活動を止めるしかなかった頃に、


たまたま再燃したバンド再始動の決定。


約十年という月日が色んな思いを連れて来た。


そんなFREE-LYの活動再開から6年(?)


いや、一度コロナに阻まれたから恐らくは4年。


年に数回ライブがやれたらと始めたバンド活動。


しかし蓋を開けてみれば、ここまでライブは2回。


しかも1回は祭での野外ライブ。


各々のスケジュールの都合が合わないというのが一番の理由だが、


ここ数年に至っては、殆どが自分の都合。


コロナ感染、兄の死、ぎっくり腰に足底腱膜炎。


そりゃメンバーも心配になるよ。


一時は脱退も真剣に考えた事をメンバーに相談する始末。


遅くとも今夏、ライブに出演する予定だったが、


それも叶わず。


今新たに頂いている秋のオファーもメンバーの都合が合わず恐らく断念。


んー、なかなか渋いな。


二年に一回出来りゃ良い方とは。



写真は私の最近の仕事の一部。


FREE-LY/NO+FUTURE





誇れない次男


言うなれば昨日の続きみたいなもの。


三十数年会ってない父の言葉を拝借するならば、


「上の子は真っ直ぐに、順調に育ったのに、この子はどうしたもんか」  


と言わしめた次の男。


勉強は出来ない。


学校へはあまり行かない。


一年弱家出をする。


呼び出しばかりを喰らう。


ただ、呼び出しに関しては、


所謂「不良」的な事よりも、


「イタズラ」が圧倒的に多かったが。


だが全て事実である。


中学の時点でこれじゃ、この先こいつはどうなってしまうんだろうと。


散々両親を困らせたのも事実である。


特に目立った存在ではなかった。


何かが長けていたわけでもない。


力が強いわけでもない。


喧嘩なんか出来やしない。


ただただ不真面目な成長期を送ってしまい、


そのまま体にもそれが出た。


体たらくとはよく言ったもんだ。


そんな負い目が自分には常にあった。


だからみんなで生活をしていくと母が決めた日から、


家のルールを全て守って来た。


こんなことぐらいで挽回が出来るなんて思ってはいない。


ただ、今でもあの時の悲しそうな母の顔を思い出すと胸が苦しくなる事がある。


そんな誇れない次の男。


一生かかっても返しきらないが、


どちらかがこの世を去る時に、


良い人生だったなって互いが思えたらそれで良い。


だから足は治そう。


ついでに足癖も治そう。


手癖はもう治ったから。


地道に残りの人生を歩んでいこう。


振り返るのはここまで。





今日は過ごしやすい夏だった。


FREE-LY/埋もれた歌








自慢の長男、誇らしげな母の寂しげな背中


少し、兄の自慢をしてしまいます。


うちの兄は、良い大学を出て、


良い会社に就職をしたいわゆる勝ち組の様な人でした。


24歳でBMWに乗り、


正直、態度も横柄で、目に余る時もありました。


そして何より、その真逆を歩んできた弟からすれば、


兄に対し、ある種劣等感を抱いていたと思います。


金があるからなんだ?


良い大学ってなんだ?


良い会社で働いてる奴が偉いのか?


その癖金にはだらしなく、自分の方がよっぽど家のことをやってるよという思いもあり、


そんな気持ちを拭い去れず、20代の頃は殴り合いの喧嘩ばかりをしていました。


やがて兄が結婚をする事になり、


家を出てから急に距離が縮まった様に思えました。


きっとあいつもそうだったと思います。


歳を重ねるにつれ、弟でしかなかった存在が、友人になり、相談相手になり、


いつの間にか対等に話せる様になりました。


ここまでは良かったのだが‥


最後の数年は目も当てられない関係性に変わってしまいます。


対等だった関係性が壊れてしまいます。


母の事で色々大変な思いをした、と勘違いも甚だしい頃の自分にとって、


手を貸してくれない兄の存在が憎きものに変わりつつありました。


あいつばかり楽しみやがって、と。


僻み以外の何者でも無い感情をぶつけ続けて、


兄から絶縁を申し出されてしまいます。


それから三年。


久々に取った連絡が、


「癌にかかりました」


久々に聞いた声は数年前と変わらず張りのあるものでしたが、


命の期限が迫ると共に、覇気がなくなっていきました。


そして昨秋に他界。


あっという間でした。


体が自由に動かせない母は、入院中の息子に会うことも出来ず、


「息子の葬式に親が出るもんじゃない」と、


無理をしない選択をし、葬儀にも参列しなかった。


そんな母に今日、超不良甥っ子と義姉が会いにきてくれました。


自分も今日は帰りに施設へ寄る日だったので、さっきまで居たのよと母から話を聞き、


誇らしげに一通の手紙を母が自分に渡して来ました。


それは、


兄がいかに人生を走り抜けたかという証。


良い会社に入った勲章みたいなものでした。


和歌山の高野山にある、某合同慰霊碑に兄の名が刻まれたという報告の手紙でした。


複雑ではあるが、兄の死が早かったから見られた光景なのかもしれない。


だけど、母はとても誇らしげだった。


「死してなお、親孝行とは凄いな」


と、母に告げた自分の思いは心底兄に捧げたい言葉そのものでした。


「高野山に行きたいわね」と呟いた母。


体が不自由な今、正直現実的ではない話。


「俺が一人で行ってくるよ」と言うと、すかさず


「あんた、そんな格好じゃ失礼よ」と返されたが‥


帰り際の母の背中には、


誇らしげな思いと寂しさと悲しさが全部乗っかってる。


そんな風に見えました。



やっぱり兄には叶わないな。


誠/CONCEPT