起き抜けにチェックをしていたニュースから、眉をひそめる言葉が聞こえてきた。
『 大臣の公式な謝罪 』・・・・前原外務大臣。
戦後66年になろうかというのに我々日本はいつまで頭を垂れて行くのか。確かに、戦地での家族の情報が記された『 銘々票 』の引渡しは在っても仕方が無いだろう。
しかし、何故公式な場でこうも易々と『 謝罪 』を行うのか。
『 当時の大戦については不幸な歴史的事実であり、今はそれを乗り越え世界が進んできている。その上で、出来る限りの個別な事象につき明瞭に出来るよう、日本国としても努力をしてゆきたい。 』という言葉で留めるべきである。『 その上で、あの事実を繰り返さぬようと、より一層の努力・協力関係を世界と共に行ってゆきたい 』位で話すべきなのではないだろうか。
それを、『 多大な損害と苦痛を与えたことに、改めて深い反省と心からのおわびを申し上げます 』としてしまうと、謝罪に付き物な金銭等の話が出てきてしまう可能性が高いことは、過去の日本の謝罪外交を見ていれば明らかなのではないだろうか。
このようなことを明確に言わなければいけないことは、近代の政治家の劣化きわまりない状態だからと前置きをしておくが、その上でオーストラリアは『 サンフランシスコ平和条約 』で賠償請求権の放棄を行っていること。その上で日本は、準補償という形で行っていたことを明記しておこう。
ついでに言及すれば、補償問題がよく言われる中国に対しては戦後補償の延長と言われるODAで過去『 6兆円 』の、韓国に対しては『 日韓基本条約 』を結び有償・無償・民間借款で計8億ドル(当時は1ドル360円)の補償を行っていることも言っておくべきであろう。
このような謝罪をし続けることは、日本のみならず過去戦後処理に尽力された相手国の努力を軽視するものであり、世界と言うシステムが60年以上も戦後処理を行えないと言うことと同じなのではないだろうか。
安部前首相が『 戦後レジウムからの脱却 』を訴えていたことを思い出してしまう。
尖閣・北方領土の問題で強気に出て腰砕けになっているのは、前原大臣であることはいうまでもない。『 謝罪 』の意味合いが国内・海外では大きく違うことをしっかり意識して頂きたいなどと浅学の自分が言うことはおこがましいが・・・。
その1回の謝罪が、世界・アジア・そして日本自身の歩む足首を引っ張ってきたのではないか?
激変の時代、世界各国と日本が共にこの時期を踏破し新たな時代を作る為に、日本自身がもう1度自身を省みる時期にあるのではないだろうか。
『 大臣の公式な謝罪 』・・・・前原外務大臣。
戦後66年になろうかというのに我々日本はいつまで頭を垂れて行くのか。確かに、戦地での家族の情報が記された『 銘々票 』の引渡しは在っても仕方が無いだろう。
しかし、何故公式な場でこうも易々と『 謝罪 』を行うのか。
『 当時の大戦については不幸な歴史的事実であり、今はそれを乗り越え世界が進んできている。その上で、出来る限りの個別な事象につき明瞭に出来るよう、日本国としても努力をしてゆきたい。 』という言葉で留めるべきである。『 その上で、あの事実を繰り返さぬようと、より一層の努力・協力関係を世界と共に行ってゆきたい 』位で話すべきなのではないだろうか。
それを、『 多大な損害と苦痛を与えたことに、改めて深い反省と心からのおわびを申し上げます 』としてしまうと、謝罪に付き物な金銭等の話が出てきてしまう可能性が高いことは、過去の日本の謝罪外交を見ていれば明らかなのではないだろうか。
このようなことを明確に言わなければいけないことは、近代の政治家の劣化きわまりない状態だからと前置きをしておくが、その上でオーストラリアは『 サンフランシスコ平和条約 』で賠償請求権の放棄を行っていること。その上で日本は、準補償という形で行っていたことを明記しておこう。
ついでに言及すれば、補償問題がよく言われる中国に対しては戦後補償の延長と言われるODAで過去『 6兆円 』の、韓国に対しては『 日韓基本条約 』を結び有償・無償・民間借款で計8億ドル(当時は1ドル360円)の補償を行っていることも言っておくべきであろう。
このような謝罪をし続けることは、日本のみならず過去戦後処理に尽力された相手国の努力を軽視するものであり、世界と言うシステムが60年以上も戦後処理を行えないと言うことと同じなのではないだろうか。
安部前首相が『 戦後レジウムからの脱却 』を訴えていたことを思い出してしまう。
尖閣・北方領土の問題で強気に出て腰砕けになっているのは、前原大臣であることはいうまでもない。『 謝罪 』の意味合いが国内・海外では大きく違うことをしっかり意識して頂きたいなどと浅学の自分が言うことはおこがましいが・・・。
その1回の謝罪が、世界・アジア・そして日本自身の歩む足首を引っ張ってきたのではないか?
激変の時代、世界各国と日本が共にこの時期を踏破し新たな時代を作る為に、日本自身がもう1度自身を省みる時期にあるのではないだろうか。