自分があの人(母親)を守れるのかどうか、ということに直面すると、今まで自分が情報集めをしながら、若者打ってはいけない、子供たちに打ってはいけない、と言いながら思いながらも、本気で彼らを守るために現実に直面していた訳ではなかったということにきづかされます。

お得情報のひとつとして、こんな悪いことがある、こんなひどいことが起きていた、と情報を集めていただけだったのです。

一人の行動を食い止められるかどうか、変えられるかどうか、
そのためにはどうすればよいのか、そこに直面しています。

対象の当てなく、人々とか子供たちを守る、とか言っていた段階ではそこまで想定していなかった。

守れたとして、どこまで伝えることが正義なのか、善なのか、
何も知らさずに止めるというのはあまりにも理想を求めたいいとこどりの空想であって、人も傷つけず、被害も抑えて最高なんですけど、その最高の状況はこの世界にはもはやなかった。

頭のおかしなしはいそうが人々をコロシニ来ていて、実際に既に何万にんも殺されてしまった現実があって、あなたもそういう現実に生きてますよ。

こんな仮面ライダーの話のなかのような世界を善良な母親というものがどうして信じるのでせうか。

わたしはわかってきましたけど、結局のところ、情報を広い集めて自分の頭の中でつなげて想像して、理解できないイカれた情況を信じて、結果ワクを避けた少数の人々というのは全員、心に傷を負った弱い人々、トラウマを抱えた人々なのです。心にトラウマを抱えて生きている人間だけが、この事態を理解できたのです。

トラウマというのはこれはもはや今回の件における免疫なのです。先に傷ついているから、それも途方もないレベルで傷ついている人間だけが、この情況を
認識することができるのです。

自分は理解して受け入れてしまったが、どういう方向から伝えても、いかに守るため、食い止めるためとはいっても、どう考えても、まずこれらの情報それ事態が、まず端的に彼女たちを傷つけるものだな、ということは真っ先に思い付きます。

どう考えてもどう説明しても、事実がどうのう、構造がどうのうというものの前に、まずこういうものが作られて、既に打たれて、あなたもこれから再度うとうとしている、変人の息子以外は他の子供もその家庭の人々も全員打っている、そういう世の中になってしまった、これは恐ろしいことです。

母に伝えるにはどうやっても人を傷つけることになるというこの情報を、逆に考えるとだったら自分はなんでこんなに集めて平気なのだろうか?ということになってくる。

それは既に、それだけ傷を受けていたから、傷ついたトラウマの大きさだけ、それだけ世界が壊れていてもそれを受け入れた、ということになるのです。