自分が物を見ているポイントが人々と全く違っていた件といえば今風となりますが

 

違っている件と言えば現在形となり、存続している状態を指します。

 

自慢しているみたいな印象を与えます。

 

野球・プロ野球におけるつや消しヘルメットにずっと反対しているのですが誰も賛同してくれません。ヤフコメにおける、そう思う3:そう思わない7どころの話ではありません。もう少しつや消し嫌いな人はいると思っていました。

 

それが全然いません。

 

ぶったまげています。

 

ヤフーの質問トピックにはありますよ。2013年にこれのどこがいいのかと。

 

見てる人は見てます。しかし全くいない。

 

野球に関してヘルメットなんて全然見ていないんですね。驚きです。

 

刀は輝いているからかっこいいんですよね。

 

車は磨いてコーティングをしてピカピカにされたものほど良いものとされています。

 

魚もピカピカに輝いているものがおいしそうに見えますよね。

 

なんでヘルメットは輝かせないんですか?

 

それを意図的にね。全く意味が分からないのですが、誰もそこを見ていないことがわかりました。つまり、みんな野球という概念、点が入るとか入らないという概念で楽しんでいて、わしはそれ以前の選手が輝いているとか、ヘルメットが輝いているとかいうところを見ているということがわかりました。

 

〇〔自分は光というものを重視しています。反対に光らない、色がくすんでいるという事も重視します。反射しない色。灰色・黒が昔から嫌いです〕

 

 

全然違うのです。

 

南極の氷の海へ出向するディープパープルの探査船

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、そのためにもう野球は卒業しました。

 

くすんだ色の衣装をわざわざきてるあいどるなんていません。結局硬くても肌に痛くてもスパンコールのキラキラ衣装が一番アイドルを映えさせるのです。古今東西変わりません。ヘルメットも同じです。

 

わざわざ色を消して、ださいもの、かっこ悪いものを理屈をつけてかっこいいという事にしている日本のプロ野球がもはや我慢なりません。安藤忠雄のコンクリート建築と同じです。じぶんはプロ野球をもう追わないことにしました。

 

こんな単純なことを誰も考えていません。

 

そしてこの特殊な考え方に、誰も賛同もしません。これもちと問題です。

 

さかなクンのお母さんは、この子は特別なんだとその特殊性をきちんと理解されましたが自分の場合は意味の分からないことを言っているというだけです。これが自分の置かれた境遇で、さかなクンとは全く違っています。