はじめに
会社の慰安旅行で訪れたシンガポール。 いまやアジアの貿易と金融の要となった近未来都市だが、 ワシが行った頃はまだ発展途上で、 セントーサ島もテーマパークではなく、 ただの南国の島やった。
その頃のシンガポールは、 今では絶対に体験できない“消えたシンガポール”や。 その旅の記憶をまとめておく。
ヘビースモーカー時代のスタート
当時のワシはヘビースモーカー。 日本から2カートン(20箱×2=40箱=400本)を持ち込んだ。
そして、1週間で全部吸い尽くした。
現地でタバコを買ったら日本の倍の値段で、 「なんやこの高さ!」とぶったまげたのを覚えている。
川沿いのショッピングモールを行ったり来たり
昔のシンガポールは、今のような巨大都市ではなく、 運河沿いにショッピングセンターが連なっているだけの街やった。
買い物は結局、免税店(DFS)だけ。 あとはひたすら川沿いを歩いて汗をかく毎日。
セントーサ島へはゴンドラ一択
当時のセントーサ島へ渡る手段は、ゴンドラ(ケーブルカー)しかなかった。
その前に、同僚がニシキヘビを首に巻いてはしゃいでいるのを見て、 ワシは逃げるようにゴンドラへ乗り込んだ。
汗だくのセントーサ島
島に着いたら、歩くしかない。 日陰もほぼなく、湿気は重く、ただただ暑い。
登れる巨大マーライオンまで歩いていく道は、 まさに南国のサウナ。 汗が滝のように流れた。
島の外周を走る汽車のようなトラムに乗って、 ジュースを飲みながら社員たちを眺めたのが唯一の休息やった。
ホテルに戻って“整う”
汗まみれでホテルに戻り、冷房の効いたロビーに入った瞬間、 身体が一気に軽くなる。
まさに サウナ → 水風呂 → 外気浴 の“整った〜”の瞬間そのものやった。
夜は鉄板焼き → 屋台 → シンガポールスリング
シャワーを浴びたらすぐにバスで鉄板焼きへ。 日本人向けの味付けで、量も多くて満足。
その後は屋台へ行き、 ただただ甘いだけのシンガポールスリングを飲む。 同僚は「酒入っとるんか?」と文句を言っていた。
そしてまた汗をかき、またシャワーを浴びて寝る。 ほぼ毎日このルーティンやった。
“3つ1000円”の怪しい土産たち
日本円で支払いOKの時代。 なんでもかんでも「3つ1000円」。
添乗員までお土産を売りつけてくるほどの商売っ気。
ターボライター(金・銀・銅)セット
日本に帰ったら1週間でメッキが全部剥がれてアルミ色に。 半年ほどでガス充てんもできなくなり、捨てた。
パーカー“もどき”ボールペン10本1000円
クリップだけパーカー風の完全模倣品。 1週間でインクが出なくなり、ほぼ全部ゴミに。
行けなかった同僚に配ったが、 きっと同じ運命を辿ったやろう。
そして最悪の事件──携帯紛失
スポーツバッグの外ポケットに携帯を入れたまま荷物を預けてしまい、 日本に帰ってきたら携帯だけ消えていた。
入国後すぐ警察へ行き紛失届を出し、 その足で関西デジタルホンの代理店へ。
初めて持った携帯は、 通話料だけ払えば本体代タダの時代のもの。
しかし紛失後の機種変更では本体代を請求されて、 これまたたまげた。
おわりに
汗、甘い酒、怪しい土産、携帯紛失。 便利になる前のシンガポールは、 今では絶対に体験できない“消えたシンガポール”やった。
その時代の空気を身体で覚えていることが、 今となっては貴重な思い出になっている。

