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二世が祝福を全うする上で必ず必要になる「信仰」とは何だろうか。
ポイント④自己牧会出来る
☆自己牧会の方法
(4)良心革命「良心の基準」
前回は、自分の中に良心というものがあると気付く所から始めようと書いた。
しかし、もしかしたら良心を全く感じなかったという人がいるかもしれない。或いは、自分が感じる良心とあの人が感じる良心が違うという事もあるかもしれない。私は電車でおばあちゃんに席を譲ってあげたいと思ったけど、あの人はそんな事全く思わなかったとか。
何で人によって良心の感じ方が違うのだろうか。
それは人によって良心の基準が違うからだ。
たしか原理講義では「何が善なのかを教えてくれるものが真理なので、結局良心は真理と授受する」と言っていた気がする。私を善なる方向に導く心が良心なのだが、自分の中で善がはっきりしていないと良心もどこに導いていいのか解らなくなる。なので善悪の基準が自分の中で曖昧だと良心も作用する事が出来ず、良心の声を全く感じないという事もおきてくるかもしれない。じゃあどうしたら良いかというと自分の中で何が善い事で何が悪い事なのかという基準を持たないといけなくなる。日本では道徳教育がこの基準を教える役を担っている。
こういう点で、二世は無自覚的に親から英才教育を受けた人も多いのではないだろうか。
神様の子供として良心が働けるだけの善の基準を半ば強制的に教えられ、「あれは良い事」、「これは悪い事だからしては駄目」という善悪の基準が完璧に分かれる。お酒然りタバコ然り交際然り。だからこそ中高生の時などは世間の価値観の基準との違いに苦しむ訳だが。
ともあれ、良心の基準は人によって差がある。もしかしたら祝福相手の良心基準が低すぎるという事も起こってくるかもしれない。或いは相手の良心基準が高すぎて自己嫌悪になるかもしれない。いずれにしても、誰かと比べても仕方が無いので、自分が自分の良心の声を聞いて黙々と実践していけば良いと思う。
ちなみにだが、良心基準を上げる為には原理やみ言が必要になる。み言を聞いた分、或いは様々な事を感じた分良心基準は上がる。というか自分の中で善だと思う範疇が広がり結果良心が働ける範囲もその分広がるようになる。
今回はあまり実用的なものは無く終わってしまうが、次回から具体的な事に入っていきたい。