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二世が祝福を全うする上で必ず必要になる「信仰」とは何だろうか。
ポイント④自己牧会出来る
☆自己牧会の方法
(3)意識革命蕩減革命「両親との関係について⑦」
前回は、両親との関係性が相対関係に色濃く表れるという事を過保護に育った立場から書いた。過保護が悪い訳ではないが、その過干渉が結果的に子供の祝福の妨げになっては元も子もない。
そういう意味では、嫁姑問題などもそういう所から始まってくるのではないだろうか。
過干渉の親は子供の家庭にも過干渉になりがちだ。特に異性の子供に対して。お父さんなら「娘がちゃんと幸せになっているのか、間違っても夫に泣かされたりしてないだろうか。」またお母さんなら「息子がちゃんと健康にしてるのか、バランスよく良い食事が食べれているか。」などなど。特に可愛がって育てた二世なら尚の事だろう。
今書いていて思ったが、二世家庭の自分の立場から書いても偏った意見しか書けないのであまり参考になるか解らない。実際自分も現在何とか調和させようと頑張っている所だ。
嫁からしたら、姑のイメージというのも結構自分の親と祖母の関係性を見て出来上がるような気がする。母親が父方のおばあちゃんとよく交流し仲良くやっていたのなら、その関係を真似て和気あいあいとなるのかもしれない。
が、食口の親達の中でも上手くいってる家庭と中々難しい家庭があると思う。そもそも統一教会だ。子供が有ろうことか朝鮮の新興宗教にハマってしまい、更には国際結婚するなんて告げられた日にはもう祖父母世代には理解不能だろう。自分の祖父母も「優秀な長男を教会に取られた!」と散々母をいびっていた。さらに、優秀な大学に入り良い企業に就職出来たはずが何年も留年(万物復帰の影響)して結局貧乏になって…と教会に対しての怨念は並みのものでは無かった。そんな姑に対して母は不平を言わず、ずっとその話を聞き亡くなるまでずっと寄り添っていた。都会から父の地元に環故郷した時からずっと毎日祖母を訪ねていた。自分からしたら昔からウザくほっといたらいいのにと正直思ってきたが、母のそんな姿が今家庭を持った自分の姿勢に少なからず影響を与えていた。
もし祖母と母がいがみ合ってケンカばかりしていたら、自分の相手の両親に対する姿勢も相当変わっていたと思う。
そういう意味で、祝福相手の両親に葛藤するとか逆に関心が全く行かないとか色々あると思うが、それは親達の姿をよくよく見ていた結果だろう。あまり上手くいかないようならその原因をまずは自覚し、義理の父母とは何十年と長い付き合いになる長期戦だと思って、気長に出来る事から少しづつしたら良いのではないだろうか。
と自分は楽観的に思っている。