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https://ameblo.jp/from-secondgeneration/entry-12320991982.html
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二世が祝福を全うする上で必ず必要になる「信仰」とは何だろうか。
ポイント④自己牧会出来る
☆自己牧会の方法
(3)意識革命蕩減革命「両親との関係について⑥」
前回は、良くも悪くも両親との関係性が相対関係に色濃く表れるという事を親から愛された実感があまり無い立場から書いた。
ちなみに自分は一回目の祝福が破棄になった後、ある事がきっかけで実は両親はいつも自分を愛していたという事実が解り過去の恨が解けた。しかしこの話は例外中の例外で参考にならないと思うので割愛する。
今回は、逆に愛され過ぎた子の話。
いきなりだが、二世の中でも過保護に育った子は青年期になったら親元を離れ入居生活でもする事をお勧めする。というか基本二世は一回は入居生活をするべきだと思う。
最近の若者がそうなのか、最近の二世を見てると自分が愛される、尽くされる、聞いて貰える、やって貰えるのが当たり前な子が多いと感じる。
前に、入居生活してるある子が「アベルに葛藤している」と相談を受けた時、話を聞くとどうもその姉妹は親の基準で自分を愛してくれとアベルに要求している様だった。完全に無自覚だったが。両親はこうしてくれたのにとか、両親だったらこうするとか。今までこうだったとか。その子は学校でも同じような事で葛藤している様だった。色々話してその場は収まったが入居生活を通して愛を受ける事より愛を与える喜びを学んでほしいと強く思った。
このまま祝福なんて受けた日には…。考えるだけでゾッとする。親の愛の基準なんてものを相対関係に求めたらそこでtheENDだ。もしそこで終わらなかった家庭があるとしたら、祝福相手が相当訓練された忍耐強い人なのだろう。そんな二世滅多にいないと思うが。
この姉妹も入居生活をしないとその事には絶対に気が付かなかっただろう。入居生活は色々葛藤もあるが祝福結婚を考えると、少しの期間でも二世はやっておいて損は無いと思う。
いずれにしても、二世は両親からして貰っている事を当たり前に思わない事だ。特に実家暮らしの子。それは本当に愛があるからこそ無償でして貰えるのであって、誰からでもやって貰えると思ったら大間違いだ。ご飯を作り洗濯をし掃除をし片づけをし話を聞いてくれる。まずは家でやって貰っていた事が当たり前ではないんだなと青年期に入ったんなら自覚するべきだし、祝福を考えるなら尚の事自分が主体的に愛を与えるという事を学ぶべきだと思う。そうして見返りを求めない愛を少しは学んだらいい。もしも相手がそんな人であっても愛し抜けるように。