☆ブログ名変更しました!☆

元々よく分からん名前と言われていたので心機一転して頑張ります。今後とも宜しくお願いします!

 

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二世が祝福を全うする上で必ず必要になる「信仰」とは何だろうか。

 

ポイント④自己牧会出来る

☆自己牧会の方法

(3)意識革命蕩減革命「お祈りについて④」

 

前回は、神様は求めた祈りに対して、その時ではなく人を通して万物を通して答えをくれる事もあるというものを書いた。

そんな感じで段々とお祈りの味が解ってきた自分だったが、特に一番受けた恩恵は悲しみを神様父母様と分かち合えるという事だった。今回はその時の事を手短に。

 

 

青年期で一番辛く教会にも行けなくなった時があった。

今までの自分の全てを否定され、もう死のうかとも思ったりもしたが残される兄弟の事を思うと死ぬに死ねなかった。何もする気になれず仕事も手が付かず、自分を傷つけるなんて事もし始めて本当にヤバかった。そんな中なので祈るという事もしなくなると思いきや、自分は祈っていた。人間本当に大変になると祈るんだと思ったりしたが、泣きながらしたそのお祈り中で神様ご父母様の悲しみが一気に自分の中に入ってくる感覚になった。

二世は霊眼が開きやすいと聞いた事があるが自分も大概霊的なのだろうか。その時は驚きより自分の悲しみと神様父母様の悲しみがリンクして、自分の悲しみを解ってくれる存在がいる事に、まるで逸れた親を見つけその懐に飛び込んだ時のような安心感安堵感を感じ自分は一人じゃない事に気付き救われた。そして神様はずっと孤独な誰からも見向きされないような立場の中でも、人類一人一人にこうして愛を投入し続けて来られた事を悟りこのままでは駄目だと思った。そんな神様を慰めれるようにならないとと思った。

 

それからだんだん落ち着いていき、色々外的にも整理されていった。それまで、二世も教会活動より学歴が無いとねとか何だかんだでお金必要だよねとか思ってたけど、自分の窮地を救ったのはそのどれでもなくお祈りを通して感じた神様父母様との関係だった。

今回は全面的に個人的な話になって申し訳ないが、お祈りとはそういう「生きる力」をくれるものでもあると紹介したかった。