二世が祝福を全うする上で必ず必要になる「信仰」とは何だろうか。

 

ポイント④自己牧会出来る

☆自己牧会の方法

(3)意識革命蕩減革命「蕩減生活について⑤」

 

前回、悪霊人の影響で様々な悪い出来事を起こし私に負の思いを抱かせる時、私が悪霊人の与える苦痛を感謝して受け止めれば、これを条件として、私も復活出来、私に苦痛を与えた悪霊人も同じように復活する事ができる。という事を書いた。

 

なんだかよく解らない話かもしれないが、私達の生活の中で起こる出来事というのは、良くも悪くも霊界が大きく関わり、それを感謝して受け止めれば私も復活出来るし霊人も復活出来る。という事だけでも憶えておいて損はない。

何故なら、この考え方を逆に言うと嫌な出来事が多ければ多いほどその分神様から復活するチャンスが与えられてるという事になる。しかしこの感覚を知らない人は、精誠を尽くしたのにやればやるほど色々な問題が起こるのを、やっぱり教会に来なければ良かったと捉えてしまう。そうしなければ蕩減出来ない内容があるのかもしれないのに。今蕩減するチャンスがあるのにそれを放っておいて後で祝福後や家庭を持った後出てきたら大変な事になる。脅しに聞こえるかもしれないが、実際独身時代に解決する努力をしなかった問題(例えば親子関係など)は祝福相手、あるいは自分の子供、孫に絶対に出る。そこでさらに大きな苦労をする、またはさせるよりは今の内に少しでも蕩減しておいた方が良いと思う。

 

二世は、今なんで私が蕩減なんてしないといけないのと思うかもしれないが、それでもと言ったら失礼だが一般の人より相当蕩減されてるのだ。何で親達があんなに苦労してたかと言えば、ひとえに二世の為だろう。生まれてくる神様の子供に自分の過去の蕩減を背負わせたくない、少しでも蕩減を晴らしたいと切実に信仰生活を送ってきた思いは、絶対に実っているはずだ。なので二世のあなたはまず間違いなくその努力の恩恵を受けてるし、当たり前に受けているその愛は本当に尊い貴重な大切なものなのだ。あるいは私は親から愛されてないと言う二世。本当の本当にそうだろうか。

祝福受けるような年齢になったならその事に早く気付かないといけないし、これから続く三世の為にも、今私の中にまだ残る問題を少しづつでも良いから蕩減して本然の私に戻る努力をして欲しいと思う。その発想が無いと、せっかく親が蕩減してくれたものもまた私故にさらに加重されて子供に出てしまうかもしれない。

勿論自分も含めて二世は自分の本当の価値に少しは気付くべきだ。

昔よく一世のお姉さん達に言われた言葉がある。「あなたは花の中の花。宝の中の宝。神様が目に入れても痛くない存在」だと。