祝福結婚をまずもって成り立たせているのは、他のどれでもなく「信仰」だ。そして二世達はそれを解っていない。

一番は愛ではないのか!?
申し訳無いが愛ではない。ここは祝福に希望を持つ少ない二世達には夢を持ちつつ理解してほしい部分だ。

そもそも祝福を受けた段階ないしは家庭出発した段階では愛は無い!というのは言い過ぎだろうか。無くは無いにしろ非常に浅い脆いものだというのは個人的にはもはや真理だと言いたい。ラーメンはインスタントでも美味しいが夫婦愛はそうはいかない。夫婦愛はそれこそ生涯を通して二人で育んでいくものだからスタートラインに立った二人に愛があるという方がよっぽどおかしい。
愛を別の表現で例えるなら、「情関係」とも言える。人間ならば、誰かと一緒に同じものを共有していればその人に情が移るというものだ。それが長く濃ければその分情関係は深いものになる。
会った瞬間に情が深くなったなんて、きょうび口説き文句でも聞かない文言だ。

なので、愛があるというのはどこまでも錯覚で、結局そんなほぼ他人の二人を結べるものがあるなら「信仰」以外無い。そこから少しづつ愛を育んでいく。だからこそ、一般の人は冷めれば自分中心にすぐ別れたり、どうしようも無くなり離婚したりしてしまう。

では二世が祝福を全うする上で必要になるその「信仰」とはどのようなものなのだろうか。この信仰の定義こそ二世達が祝福結婚を根本的に履き違えている一番の問題だと思う。