あれから多くを学んだ。一度地獄の底に行けばあとは這い上がるだけとはよく言ったものだね。沢山のものを失ったけど、それで得たものも沢山あった。祝福って失敗したら本当に死のうかと思うくらい絶望するよね。食口界隈なんて小さい村だから。もう村には居れなくなってしまう。けど茨の道でもそれでも進んで行けたのは神様ご父母様がいたから。蒸発したとしても誰もが忘れる運命にある中でそれでも忍耐できたのは妹が居たから。

だからこそ今でも笑顔になれる。

 

あなたは今笑ってますか?

 

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家庭を持って2年目の年末あたりの話

 

都心部だからかあまり雪が降らない関西の冬に、ただ寒く何の情緒も無いなと思いながら地元の雪景色を懐かしく思っていた。

仕事も休みになり今日も遅めに起き主体者と一緒にブランチをしていた。私は特にする事が無かったので一日ゴロゴロしようと思っていたが、主体者は結構多趣味なので色々な所に行く予定があるらしかった。そういえば家庭出発て間もない時、趣味の話になって好きな本を聞いた事があった。その答えが何だったかな。司馬遼太郎か村上春樹だったか。主体者が言った人が私はイメージ的に好きじゃ無かったから普通に、「えー私嫌いー」って言ったら主体者が何だこいつみたいな顔してた。今はリビングのソファーで読んだりしてるみたいだけど、それまでは書斎でこそこそ読んでいた。私が居る時読んだら否定されるからだ。

本だけではない。音楽もレゲエかなんかにハマった時期があり、料理している後ろでわけの解らない歌を歌われるのは本当に鬱陶しかった。いつだったか変な柄がプリントされたTシャツを着て「箱に行ってくる」と出てった時があり函館の事かと思ったらライブに行ってた事もあった。私も誘われた事もあったが当然断った。

私にかまってくれない事が嫌だった時もあったがもはやどうでも良い。ただ私の嫌いな事だけはさせたくなかった。一回だけ主体者と一緒にカラオケに行った事があったが、私の嫌いな曲を歌われそれを途中で消したらケンカになった事があってから二度と一緒にカラオケは行かなくなった。

 

あまり趣味を持っていない私には本当に解らない世界だ。

 

「よし行ってくるわ。」

食器を洗い終わった主体者が言った。

「えー。ていうかどこ行くの?」

「言わなーい」

「何でやねん」あ関西弁が出てしまった。主体者の関西弁が移り最近よく無意識に言ってしまう。ショック以外の何物でもない。関西弁なんて使いたくない。

「趣味活動や。言うたら反感食らうだけやからな。」

「変な事にお金使わないでよ。」

「安く楽しくがモットーやからな。まかせなさい。てかお前こそ今日何すんねん。どーせゴロゴロして気づいたら日暮れてるんやろ。」

「そうそう。何もする事ないからね。だらだらテレビ見てる。」

「いや、嫌味で言うたんや。否定しろよ。ほんま不健康やな。何か趣味持ったら良いのに。」

「ダラダラするのが趣味。」

 「…まぁええけど、掃除だけはしといてよ。」

「んー気が向いたらね。」

そう言うと主体者は聞こえないふりをして出ていった。

 

趣味なー。結局持ったところで長続きしないんだよなー。面倒くさい事が嫌いで何事も長続きしない私はフェイスブックもツイッターもしていなかった。そんな人に合う趣味なんてあるんだろうか。そもそも趣味を見つけるって事自体ナンセンスな気がする。

 

あぁ、昔おばあちゃんから「あんたは特にやりたい事も無いし不器用なんだから早くお嫁にいって主婦になった方が良い」って言われたのを思い出した。

ばぁちゃん…。それは昭和初期だから言えた事だよ…。その時はそう思ったが、今思うと中々意味深な言葉だ。それも知恵袋の一つとして受け取っておこう。いつか役に立つ日がくるかもしれない。