祝福を通して親との関係も変わったし、人生で一番嬉しそうにした姿を見たのも祝福式だった。あなたのご両親も本当に喜んでたね。全然駄目な子供だったけどやっと親孝行できたと思ってこっちまで嬉しかった。こうしてみると親も色んな場面で戦ってたんだなって思うんだ。
自分と親とでは何が違ったんだろうか。
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家庭を持って二年目の夏が終わった時の話。
ピロリン
ラインのメッセージが届いた。直接私にではなく教会のグループラインに流れたものだった。
【誰々さんが勝利しました。どこどこが勝利しました。何々の集会には行かないように。】
そのような勝利の報告や警告をされても最近礼拝以外あまり教会に行かなくなっている私にとっては正直摂理の内容とか分派だとかよく解らなかった。
その日の夜、ご飯を食べながら主体者にその話をしていた。主体者は面倒くさがって教会グループラインに入っていないので私が代表で入り公的なラインが流れたらたまにだけど言うようにしていた。そもそも私より主体者の方が、摂理とか色々詳しかったので自然と聞く形になっていた。
「んー…俺あんまり献金に良いイメージ無いんやけど。」
別に献金しろなんて言われてないけどと思いながら、
「でも勝利とか言われたら何か焦るっていうかさ何か食口内ヒエラルキーを感じない?」
献金出来ない家庭は駄目で沢山している家庭は素晴らしい。そういう空気を昔親たちを見て子供ながらに感じた事を話すと主体者は笑いながら
「ははは。トップになって表彰でもされたいの?」
「そういう訳じゃ無いけど…。皆やってるのにウチだけってどうなんだろって思って。」
「相変わらず典型的な日本人やな…。前にも言ったけど、余裕無い中で献金する気無いで俺は。親達見てたら解るやろ。」
ですよねー。 主体者は、礼拝行くし十一条もする。その他にも出来る事があれば教会行事を手伝ったりもする。けど親達みたいに大きな献金はしないと以前釘を刺された事を思い出した。まぁ家庭持った数少ない周りのオンニオッパ見ても思うけど二世はそういう所があるように感じる。親を見てると前のめりにならないようにとどこかで一線引く所を皆持っている。私もそれには同感だ。
それまでドラマを見ながら話していたのが完全に話題は献金になった。
「摂理献金て何に使われてるのかが不明すぎてなぁ。ほんまに「献金」だよなぁ。」
「どゆこと?」
「投資やクラファンとは違うって話」
「わざと分かりにくく話してるでしょー」
「ははは。 けどもっと、何々の平和活動の為に献金しないか。みたいに具体的なやり方の方がこっちも献金する気が上がると思うねんけどなぁ。」
ほー確かに。でもそれなら普通の募金活動と同じでは?そう思い、
「献金って名前にそもそも嫌悪感あるから、逆に募金お願いしますの方が集まったりして。」
「まぁ他にも教会運営資金とか公職者の皆様の為とかあるから、一外にどうとは言えないんだろうけど。」
「なんか何の為の献金か解らなくなるねー」
「この世の公務員とかもそんな感じやろ。税金で生活してるんやし。」
実際献金した事が無い二人があーだこうだと言うんだから中々に適当で説得力が無い。
「けどいずれにしても、俺は余裕無い中で無茶に献金しようと借金なんてしようもんなら子孫にどんだけ迷惑掛かるかって事はよくわかってるからな。死んでも迷惑かけるんやからほんまにたまったもんやないで。」
おお。説得力が増した。
「でも...。」
ご飯を食べ終わった主体者は話を区切って、目の前で手を合わせた。
「親が生涯掛けた証が形として残ってるのは、それはそれで嬉しい事なのかもしれんけどな。」
そう言って、条件すると祈祷室に入っていった。
形見として残っている天聖経を訓読しに。