算命学的実験の備忘録



そんなこんなで

今年は、皆それぞれ
自己本来の命式 (宿命図) に
立ち返らされるような
紆余曲折があったのではないかな。





わたしはいっそのこと、
わたし自身の中にある

龍高と鳳閣 (水の陽×火の陽)  円推局/推逆局
鳳閣と車騎 (火の陽×金の陽)  殺局/生殺局

ふたつの相剋を
通干星(対抗をやわらげる星) 抜きにして

とことん味わってみようじゃないか!
という羽目になってみた。


陽同士のいちばん葛藤激突するやつ。


  


言葉では言い表せない精神状態になる。

局法としての
定義付けをしたいわけではないので、
論説は胸にしまっておくとして…
以下、感想の備忘録。

  







とんでもない苦痛状態が
ある沸点に達すると
ぽーーーんと弾かれて
思いもよらないゾーンにいく。

ゴムを最大限まで引っ張って
パッと手放すと反対側に飛んだあと
元々の状態に戻るのと似ている。

臨死体験のような超常をみる。




「あぁ死ぬのか」と気が遠のいてから
それまでとは違う
元々の自分になって目覚めるというか。

そんな日を何度か越えて
ギリギリ最終、
廃人みたいな格好で起きた時に
「あぁ本当の自分にならなきゃ」
みたいな感覚だけが残ってた。



多分それは
ワタシの中にある
凶局の部分を無視しきれなくなり
向き合って、付き合って、
ワタシのものとして受け止めたからかなと
今の時点では承知してる。

好んで受け止めるというより
免疫力がついてくるから
そのうち気づけば受け入れてる感じ。

 


※わたしの最終ピークは
命式が全中殺系になった日だったので、
五柱すべて異常干支でそろう
変剋律玲型の
覚醒作用に近いのかもしれない。






人ってさ
他人には言えないとか思い込んでる
自分の陰の部分については
否定して嫌悪して、見ないふりして、

他人に褒められそうと思い込んでる
自分の陽の部分だけを
すくい上げて誇りにしがちだけど、

片方しか見ようとしないのは
本当の望みから目を背けているようなもの。





本当の本当の望みは
胸の奥の奥で大切に保管されてる。


それは
本堂の裏手にある奥の宮とか、
洞窟の深くにある宝箱みたいに
表からは少し分かりづらい仕組みで。

表の陽があるならば
裏の陰も必ず存在しえる。
呪縛みたいに抜かりない法則。



だから
道教では、呪符やら儀式が山ほどあり、
陰陽師の話では、よく呪霊と闘ってるの…
なんでか意味が分かった。

なんやこのアニメ物語は?!だった部分、
必要性が分かってすっきりした。




  



しばらくの期間、
呪術廻戦みたいな日々だったので

なかなかけっこう大変で
仕事もぜんぶ辞めようともしたけど、


わたしが救われていたのは、
常いかなる際にも
もう脳の設定が
算命学の宇宙的観点になっていて、
周りの人達がそっと察してくれて、


結局は
病院にも警察にも世話になることなく
誰かと揉めることもなく、

結果的に
ずっと見ぬふりしていた
自分の本当の望みをやっと受け入れた。

相剋と向き合ったことで。

陰陽一体、受け入れたことで。








トリとは
最後を飾る者、真打ちの意。

ひとりひとりの中で
結局最後に行き着く、真の姿。