障害者と暮らすということ
それは
お供する時に
ヒールを履かないということ。
自分のペースだけで
動き回らなくなるということ。
独特にねじれた話題を
大目に聞き流せるようになる
ということ。
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当人でも第三者でもない
はがゆさを飲むということ。
他人の心のうちを察する
冷静さが冴えるということ。
巻き返しに似た
転換力が養われるということ。
ちまたの不満程度のことは
ちっぽけでしかなくなるということ。
人生においても
人間の力ではどうしようもない
障害が発生したとき、
乗り越えるのではなく
共に生きる選択肢がある。
それは逆らわない諦め。
諦めとは
物事を明らかに認めること。
諦観(ていかん) の境地。
身体の不自由は
精神の自由境地を際立たせる。
スターシード的な人は
そういう環境に
めぐり合うかと思う。
なぜなら
宇宙的な次元で
サポートが出来る人だから。
( 子どもみたいな無邪気な自由さと
やけに大人すぎるわきまえを併せ持つ )
生まれた持った思想感覚を
現世で思い出すために。。