作家・シナリオライター西村悠のブログ

作家・シナリオライター西村悠のブログ

ラノベ作家・シナリオライター西村悠の近況報告とかです。

言葉を探しているうちに30日が来てしまいました。ちょっと申し訳ない気持ちになりつつ、ブログを更新します。

毎年書いていますが、僕にとって7月29日は、一年の中でとても特別なものなんですよ。

この日はメインシナリオとして関わった作品の発売日で、僕にはとても印象深い日でもあります。あれから16年経って、それでも僕にとっては、この日はこれまでを振り返る大切な日になっています。

20年。21年かも? 今となってはだんだん曖昧になってきたのですが、それくらいの期間、プロの専業作家兼シナリオライターとして、なんとかやってきました。最初の数年はゲーム会社勤務、ついでフリーランスで。ありがたいことに仕事が途切れることもなかったように思います。

長年続けてこられたのは、根底にこの作品の経験があったからだと思っています。これは絶対。

振り返ってみれば、物書きになってから、最初の数年はずっと『自分には才能がない』という言葉と格闘していたような気がします。プロになってから何ひとつうまくいってなかったんですよ。それでも、違う、自分には何かがあるはずだ。という気持ちだけはやたらと強くて。なんだかずっと、嵐の中でふんばっているような気分だったというか。自分の生活の全てが創作に結びついていないと不安でしょうがなかった。自分にはこれしかないと思っているのに、自分以外のあらゆるものがそれを否定してくる……ような気がしていたというか。自分は今発展途上なんだから、今否定されても悩むことはない、と自分に言い聞かせて、それは結局、今の自分を自分で否定しているのだといううことにも気が付きませんでした。

でも、この作品で……まあ、シナリオについて、というゲームの限定的な部分についてだし、それだって、色々な人のサポートを受けながらではあるのですが、届いたなと思ったんですよ。僕なんかの言葉でも、一生懸命になれば、届くこともあるんだな、と思ったというか。

それはとても得難い経験で、正直に言ってしまえば、プロになって初めての成功体験だったと今は思います。これならやっていけるかもしれないと思いました。それまでは、言葉を飲み込んで諦めてしまうことが多かったのですが、違うと思うことを違うと言えるようになったし、自分の考えをちゃんと話せるようになりました。おぼつかない足取りではありますが、一人前として歩き出せた瞬間でした。

それから、色々な挑戦もして、うまくいったり、いかなかったりをたくさん重ねました。創作のことで、どれだけ笑って、どれだけ泣いたか、数え切れません。もうずっと創作は生活と共にあって、寝たり、食事をしたりすることと、息をすることと書くことはそう変わらないものになり、書くことの意味さえ、もはや遠い気がします。書くの意味はなくてもいい。書ければそれでいい、という心持ちというか。けれど昔の不安や自信のなさからくる強迫観念とは違って、そうであることが当たり前になったというか。これは自分が一生やっていく仕事だから、というか。稼げなくてもAIが台頭しても、結局何かしら書いていくんだとは思います。

あとは、そう。『知らない』『わからない』ということが別に恥ずかしいことではないと、最近ちゃんと思えるようになってきました。昔は何かわかったような気がしていたんですが、世の色々なことについて、実はなんにもわかってないなと最近思えてきて、それが別に恥にも焦りにも繋がらなくなったというか。素直な気持ちで教えを乞うことができるようになったというか。向上心がなくなったわけではないですが、強がらなくても、別に死ぬわけじゃないとわかった感じです。うん。それは『わかった』気がしますね。まだまだ世の中を楽しめそうな心持ちです。

なんだか、このブログでは、毎年同じようなことを言っていますね。でもそれでいいとも思います。毎年同じ、けれどちょっとだけ違うことを書いて、それを繰り返して生きていけたら、ありがたいです。

生活面では……そうですね。
子どもたちは日々成長しています。その変化が、日々の流れを感じさせてくれます。自分が子どもの頃にぶつかった問題に子供もぶつかったり、逆に僕が考えてもいなかった世界を見せてくれたりと、非常に勉強させてもらっています。子供の頃、親というものはもっと『親』だと思っていたんですが、自分でなってみると、親というほど親になりきれていないというか、がんばって、自分の中の親を子供たちに見せているような気もします。子供たちに何かを教えなければいけないとき、わかったようなこと言ってんなー自分、とか思ってしまいますね。なるべく、彼らの可能性の邪魔をせず、けれど、手助けをしなければならないときには手助けできるように、未熟ながら頑張っていこうと思います。彼らに幸あれ。

取りとめもないことを書きました。この文章に人を楽しませる要素があるのかは甚だ疑問ですが、どちらかというとこれは、自分の、1年に一度の日記のようなものなので、そこは勘弁していただければと思います。


そろそろ、ですね。

また1年、お互い精進していきましょう。
では、また明日。

7月29日ですね。本日は『夏空のモノローグ』が初めて発売された日で、僕はこの日を毎年、自分を振り返る日と決めています。

夏空のモノローグというのは、15年前に発売された女性向けの恋愛ADVゲームで、僕はその企画とシナリオを担当していました。

去年は移植版の発売と舞台化があったり、今年は中国版の販売が予定されていたりと、今でも色々な展開があるのは、ファンの皆様の温かい応援あってこそだと思います。作品に関わったスタッフのひとりとして、それをとても嬉しく思います。

夏空のモノローグには、夏の風景がたくさん出てきます。それにちなんで、というわけではありませんが、自分の夏の風景の思い出について、少し書き残そうと思います。

まだ高校生の頃、夏にひとりで自転車旅行をしたことがありました。4泊か5泊、あるいはもっとだったでしょうか。もう覚えていません。本当はもっと長い距離を走るつもりだったのですが、特に計画らしきものもなく、なにも知らないまま、この程度あれば大丈夫だろう的なお金を握りしめて出発。けれど高校生の想像よりはるかに早くお金が尽きそうになって、慌てて帰途についたことを覚えています。このへんの中途半端な感じは今の自分に通じるところがありますね。

あの頃の自分は、何か特別なことをしたかったんでしょうね。自分はこれをやった、と誇れるものがほしかった。ウォークマンでビートルズを聴きながら海沿いの道路を走っていったんです。山、山の向こうに町が見えてきて、町に入り、また山、それの繰り返しみたいな行程でした。
切り立った崖が左に、山が右に、その間をろくに整備されていないような道路が通っていました。見渡す限りは人の気配はなく、空は青く、遠くまで続く道路は日を照り返して白く輝き、向こうで陽炎が揺れていました。ビートルズを聴きながら、ギコギコとママチャリを走らせていると、自分の存在感が薄くなっていって、その風景の中に、自分が溶けてしまったように思えました。自分は自分が思っていたよりずっと頼りなくて、子供なんだなと、旅行中、そんな気持ちが強くなっていったような気がします。一人旅などしたことがなかったので、楽しさより不安のほうがずっと大きかった。けれどその分、なんだかすごいことをしているような気になったものでした。

それで何が変わったかと言えば、特に何も変わらなかったのですが――野宿したときの、意外なまでの、夏の夜の寒さや寄る辺なさ、朝が来たときの心底ほっとする感じ、夕方の寂しさも全部含めて、それらは僕の夏の風景として心に残っています。

そうやって見たもの経験したものは、作品開発当時、あの物語を書いているときにもたびたび顔を出していたような気がします。夏の空はあんな感じだった、日がじりじり肌を焼いてるのがわかる感じ、緑の様子はあんな感じだった、入道雲はこんな感じ、セミがうるさかったなあ、海はこんなで潮風が気持ちよくて、自分に関係のない家から漏れてくる明かりに寂しくなったり――そんな感覚が、あの物語の『夏』を形成していたように思います。

夏空のモノローグが発売されてから15年が経って、毎年のように7月29日に触れるたびに、あの自転車旅行も遠くなっていくように思います。その分、毎年ひとつずつ何かを積み上げていって、それを振り返って。なんだかこの作品と自分のこれまでが不可分になりつつあるように思います。

ここまでの話は、開発に関わった、ごく個人的な一スタッフの心中のようなものなので、作品に直接関わることではないことをお断りしたうえで、やっぱり大切な作品だなと、改めて思います。

毎年の7月29日に触れてきたように、物語創作のプロとしての僕は、夏空のモノローグに生かされたようなものなので、実際、プロとしての自分とこの作品は不可分だと思います。願わくばもう一度、この作品と同じくらい、いえ、それ以上に、自分と繋がった物語を書きたいと思い、今も書き続けています。本当にがんばっていきたいと思います。

また来年も同じように7月29日を振り返ることができたらいいなと思っています。皆様の明日がいい日であることを祈りつつ、失礼いたします。
 

今年も7月29日がやってきました。夏空のモノローグ発売からちょうど14年。今年はSwitch版の発売や、舞台化と色々なことがありましたね。

14年という月日を経てなお、これほど愛していただける作品に関われたことは、本当に名誉なことです。

舞台、こっそり見に行ってきました。役者さんの素晴らしい演技に引き込まれ、アドリブシーンに笑い、構成の見事さに息をのみました。本当に素敵な舞台でしたね! 自分が書いた物語と同じ魅力があり、同時に違う魅力を合わせ持つ、幸せな舞台化作品でした。

不思議な話ですが、あの作品を開発していた頃にタイムスリップしたような気持ちになりました。このシーンにはこんな気持ちを込めて書いたな。あのシーン、今の僕にはこんな風に見えるのか。作品を通して、昔の自分と対話しているような、そんな気持ちになり、なんだかとても感慨深かったです。

物語最後のシーンが暗転した瞬間、暗闇の向こうに必死で物語を書いている14年前の自分の背中が見えた気がしました。この作品がたくさんの温かい気持ちによって守られ、今日ここで舞台となっている。その事実を想うと同時に、これまでの創作の悲喜こもごもが心に浮かんで止まらなくなり、込み上げてくるものを飲み込むのに苦労しました。

3時間あっという間。本当に幸せな時間でした。

帰り道。14年前の、ライターとしての自分に自信がなく、常に追い詰められていた若い僕に、この夏の舞台のことを教えてあげられたらな、と考えていました。あの頃の自分に優しい言葉をかけて感謝したくなるような。僕にとっては、そんな作品でした。

もうすぐ7月29日が終わり、明日がやってきますね。14年前の僕からしたら、この作品がこれほど素敵な舞台になり、多くの人に楽しんでいただけるなんて、それは本当に奇跡のようなもので――『明日はきっといい日』という言葉が14年越しに胸に響いたのでした。

舞台に関わった全ての方、見てくださった全ての方への、感謝の気持ちでいっぱいです。

特別な7月29日をありがとうございました。今日を胸に、また明日へと歩みを進めたいと思います。

それでは、みなさまの明日がいい日であることを心から祈りつつ、失礼いたします。