帰りのバスに揺られ、何か面白いことはないだろうかと思っていたところに、3歳くらいの子供が若そうなママと一緒に乗り込んできた。
子供は遊び盛り。
何かの歌を歌いながら、
手すりや椅子をジャングルジムのようにして遊んでいた。
ママも怒ることはしない。
子供をのびのびと育てることは素晴らしい。
きっと良い育ち方をしてゆくのだろうと、とても温かい気持ちになった。
やがて子供が
「ママ、おっぱい!おっぱい、いい?いいよね!」と低いトーンでおねだりをし始めた。
嗚呼、行く末は稀代のプレイボーイか、またそれもアリだな。
なとど良からぬ妄想をしようと思ったところで、
ママが、この世で最も美しいものを観るかのような微笑みと共に
「ころしま~すよ~♪」
という、文字に著せば戦慄しかねない言葉で対抗してのけた。
しかし、なぜだか僕の心の中は温かいままであった。
言葉というものが、文面の上だけで成り立っているわけではないことを思い知らされたのだ。
目と目を合わせて話し合う時にだけ、言葉は淡い色の輝きを放つ。
みんなの心を暖色のパステルカラーに染めてしまうような輝きを。
しかし、悲しい哉、
私達はその逆があることも忘れてはいけないのだ。
あなたがいつか発したその言葉は
鋭く尖った爪ですか?
それとも、
心をくすぐる指ですか?
たくさん、たくさん
人と話をしたくなった
学校帰りの夕暮れ時のお話。