BLEACH COLOR EYES -37ページ目

空白

待つ、と言うことは空白を見つめる作業に似ている。

どうにもならないのが人間の気持ちで、手を伸ばしても空を掻くだけで虚しくなり、いつかもがくことさえもしなくなる。



不安は肥大していき、ついには心を押し潰す。

きっとそれは彼彼女も同じなのだろう。


だから、すれ違っていく。視線は微妙にズレながら、それでもその先に見つめる未来を淡く重ね合いながら、交差する瞬間に喪失してしまった現実を確認するのだ。






昨日深夜に地元の友達から三年振りくらいに電話があった。



失われそうな恋に悩み、苦しみながら必死に手を伸ばしているようだった。



ついさっきも、泣きながら助けを求めてきた。

受話器の向こう側で咽ぶように泣く彼女は、今にも潰えそうな脆い恋に、震えているようだった。




今、彼女はベッドに横たわりながら涙でずぶ濡れた瞳を柔らかな瞼で覆いながら眠りについているだろう。



柔らかな瞼を硬く閉ざしたまま、きっと眠りの向こうから、いつ来るとも知れない空白を見つめているのだろう…。

言葉

伝えたい言葉がある。


届くか届く届かないかではなく。

伝わるか伝わらないかではなく。


いいか悪いかではなく。






感謝の気持ちはもちろん、ただ…。










ただただ、ゴメンなさいと。


赦さなくていい。
赦してくれなくていい。






ただ、素直に生きた中で素直に沸き上がってくる、愚直なる言葉。



単なる「言葉」と思われるだろう。
そう思ってくれていい。










何故なら答は決まっているからだ。









だから赦さないで。
世界で1番嫌いと言ってくれ…。





そうしたら、きっとこの先の夜はどこまでも漆黒で果てることのない、安らかな闇になるだろう。



一筋の光さえ見えない、ただ己の愚かさだけを辿りながら歩いていく安らかな夜になるだろう。












ここで時を終える。


そんな言葉が欲しい。

そうすれば、胸が苦しくて寝返りばかりうつ夜も笑ってくれるだろう…

贖罪

後悔とは、確固たる事実に基づいた贖罪に似る。

問われる度に振り返り、その罪の実体を再度目の当たりにし、胸を掻きむしることさえも赦されない、その重圧という苦しみだ。


そもそも後悔とは自己の反発と自己への反発による、完全処理不可能なものであって、手にとるように「解釈」はできるが「理解」や「納得」という概念からは程遠いものだ。


いや、納得は出来るのかも知れない。
ただ、そこに生じる葛藤や苦悩に対しても直視できないその弱さを知り、うちしひしがされることから逃げたくて、でも逃げたくないという二律背反した、接近回避型葛藤のような状態を生み出しているだけなのかも知れない。



あくまで個人的な所見ではあるが。









それでも、人は生きていく中で数多くの、それこそ様々な思いを抱きながら生きていく。









その中で、どれほどの思いを自己にかせる贖罪と思っていくか。
事、想う人に対して。









それこそ未知数であり、予測の範疇外であるだろう。




それでも思うのは、この自己の弱さから来る「傷つけてしまう」という事実は、変わらずにここにあって、眠れなくなるまでならないまでも、纏わり付いて離れない感覚を残して、手も足も、声さえも出なくなってしまう。













僕個人が感じる贖罪とは、やはり、「僕自身が求めてしまう」ということなんだろう。

















それでも、やはり思い、感じ、言葉にせずにはいられない言葉がある。




「傷つけてしまってゴメンなさい。」


















どれだけ届くかは知らない。





ただ、「赦さないで欲しい」











そう思うだけ。