BLEACH COLOR EYES -14ページ目

救世

たいそうなことではないが、「我」を救うのは「我」なのか。


”神はサイコロ遊びをしない”

アインシュタインの量子力学を否定するための言葉だが、結局は、実存在の曖昧さを認めざるを得ない、自然の中に存在を認めるのなら、我々は、また”摂理”の外か、はたまた内なるしこりのような、異物なのかも知れない。



そう言っているような気になってしまう。

別に理屈をこねたいわけじゃないし、ちゃんと理解した上で学問を語っているわけでもない。








ただ、量子力学が自然=神的存在の否定であるなら、我々人間の、それこそ思想こそを含めて、理論での存在の否定ではないかと、そう思うだけ。




神=自然という近代哲学的な思想も、言えば古臭いよもや時代錯誤的な考えなのかも知れないけれど、





突き詰めれば、我々人間を含め、存在する全ては目に見えないけど、物質的に解析できていて、命が尽きる時に、その分泌される物質のシステムが、機能を停止するだけで、極論を言えば、不要になったゴミを捨てるように、体が、それを停止するだけ。



心のような曖昧なものさえも、学術的にはそうなってしまう。







そんなことを、グチグチとこねてみたが、結局のところ、気持ち心ってのは、対他人に関しては、ありとあらゆる可能性を含んで、極めて曖昧であるということ。





そこに、どれだけでも理由や状況原因はつきまとうと思うが。








人間実存を考えた時に、今ある心の動きは理解の範囲外。

そんな一面はある。









精神も、脳内の伝達物質の動きでしかない。






そう考えると、少し淋しい。

経験とはまた別に

こんな矮小な自分ですが、いろいろともっと勉強しておけばよかったなぁと思います。


もちろん今もいろいろと勉強中だし、人生是勉強。


またそれとは違い、”学術的””学問的”に。



一応、哲学科を出てますが、そんな感じでいろいろ勉強したいなぁって。


もっともっとたくさんの知識を得たいとそう思いました。


在学中もちゃんと勉強してたつもりなんだけどね(笑)




今、強烈に知識欲に駆られています。






ん~、勉強しなきゃいけないことと、したいけとがたくさんあります。


頑張ってみますか(笑)

カプートの別荘へおいで

わたくしの好きな漫画家、吉野朔実さんの作品のタイトルです。

この作品は実に鮮やかに「哀」を描いています。
素敵です。


最後の一節がとても印象に残っているので紹介しますね。




”愛が孤独を救うことはないのだ
恋だけが

一時人の孤独を忘れさせる


ただ恋だけが



一瞬



愛の無力を忘れさせる”