淳志です
知ってたけど改めて認識した話
いつもふもとっぱらキャンプ場や
洪庵キャンプ場で見る富士山は
こんな感じで
左右に綺麗に稜線がありますね
俺の中ではこれぞ富士山って
イメージなんですが
先週の大阪出張の際に
新幹線から見た富士山は
こんなでした。
ふもとっぱらや洪庵から見ると
西から見た富士山で
新幹線からは南から見た富士山
大きな違いはこれ
東側の稜線に見える大きなでっぱり
なんかテレビとかで
昔の噴火の時に山腹から噴火して
火口が出来てるってのは見た記憶がある
少し調べてみると
この噴火で出来た山腹の出っ張りを
宝永山というらしい
なんで宝永山って言うかと言うと
この山が出来た噴火が起きたのが
1707年(宝永4年)だからなんですね。
「この年の10月、東海地方から四国に及ぶ広い地域で、大きな地震が発生しました(宝永地震)。それから約1か月半後に、富士山の南東斜面の山腹から爆発的な噴火が発生して16日間続き、噴煙は高度1万メートルを超え、火山灰は江戸でも数センチメートル降り積もりました。」
※以下から引用
前回も大地震から数週間後に噴火してますので
南海トラフ地震がまた発生した時には
また噴火の可能性が高いってことですね。
その時にまた山が出来たら
令和山とかの名前がつくんですかね?
見慣れた形の富士山が
また形変わってしまうのかも知れませんが
この頂上から左右に広がる
美しい稜線は残って欲しいものです