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第35回エリザベス女王杯

スノーフェアリーは最終コーナーを回ると最内をつき、鋭い末脚を発揮して2着馬に4馬身差をつける圧勝だった。

1999年の エリザベス女王杯(GI) メジロドーベル優勝


 昭和51年に牝馬三冠レースの最終戦として創設され、平成8年からは古馬も含めた秋季の女王決定戦へと

装いを改めたエリザベス女王杯。その第23回と第24回を連覇し、グレード制導入以降、牝馬として初めてGI 通算5勝をあげたのがメジロドーベルである。

1998年 エリザベス女王杯(GI)
  父はクラシックで人気を集めながら、あと一歩に泣いてきたメジロライアン。その初年度産駒として、

平成8年、颯爽とターフに登場したメジロドーベルは、出世舞台の阪神3歳牝馬S

(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)で数々の素質馬を下して優勝。父の名を一躍高めるとともに、パートナーの吉田豊騎手、母メジロビューティーも手掛けた
大久保洋吉調教師に初のGI タイトルをプレゼントした。翌年も、桜花賞こそ2着と敗れたが、オークス・秋華賞の二冠を制覇。
激しい闘争心と非凡な瞬発力を武器に、メジロドーベルは瞬く間に同期の牝馬ナンバーワンの座へと駆け上がった。

特別レース名解説  6回東京競馬場 6回 京都競馬場 3回福嶋競馬場

【第4日】 11月14日(日)

●赤松(あかまつ)賞とは
 赤松は、マツ科の常緑針葉樹。赤褐色の樹皮が特徴。全国の山野、特に内陸部に広く分布しており、防風林として植林される他、庭木として栽培される。黒松が「雄松(おまつ)」と呼ばれるのに対して、赤松は「雌松(めまつ)」と呼ばれる。

●銀嶺(ぎんれい)ステークスとは
 銀嶺は、雪が降り積もって銀色に輝く嶺(みね)のこと。

●東京中日スポーツ杯武蔵野ステークス(GIII)とは
 本競走は、平成8年に創設された3歳以上馬によるダートの重賞競走。当初は2,100mの別定戦で行われていたが、12年にダート競走体系の整備が進められ、『ジャパンカップダート(GI)』が創設されたことに伴い1,600mに変更となった。また施行時期が従来の春季から秋季へ移設され、GI競走につながるステップ競走として位置付けられた。
 武蔵野は、東京都と埼玉県にまたがる洪積台地である武蔵野台地の略称。南は多摩川から、北は川越市付近まで広がる。
 東京中日スポーツは、中日新聞東京本社が発行するスポーツ紙。本競走は、同社からの寄贈賞を受けている。


【第4日】 11月14日(日)

●黄菊賞(きぎく)賞とは
 黄菊は、黄色い花をつけるキクの総称。キクは日本の国花であり、観賞用、切り花用など種類は非常に多い。その中でも黄菊はシンボル的なもので、切手の図案などに用いられている。花言葉は「高貴」「高潔」。

●ドンカスター(Doncaster)カップとは
 ドンカスターは、イギリスのイングランド北部、サウス・ヨークシャー州北東部の都市。ドーン川下流域に位置し、ロンドンの北方約250kmにある。古くは織物や炭鉱の町として栄えていた。また1595年から競馬が行われていたといわれるドンカスター競馬場は最古のクラシックレースであり、イギリスの三冠競走のひとつである『セントレジャー』(日本の菊花賞に相当)の施行される競馬場として知られている。
 本競走は、ドンカスター競馬場と京都競馬場が姉妹競馬場となったのを記念して、平成元年に創設された。

●ジャパン・オータムインターナショナル エリザベス女王杯(GI)とは
 本競走は、昭和45年に3歳牝馬三冠の最終戦として創設された『ビクトリアカップ』を前身とする競走。50年にエリザベス女王が来日されたのを記念して、翌年から『エリザベス女王杯』として新たに第1回の競走が施行された。当初の競走条件はビクトリアカップを踏襲し、京都競馬場の芝2,400m、負担重量は定量、3歳牝馬限定の混合競走であった。その後、古馬牝馬の競走体系改善に伴い、平成8年に競走条件が3歳以上の牝馬限定に変更され、「3歳以上の牝馬のナンバー1決定戦」としての意味合いを持つようになるとともに、距離も2,200mへと短縮して施行されるようになった。


●京都ロイヤルプレミアム メジロドーベルメモリアルとは
 本競走は、売上げの5%相当を上乗せして払戻をする「JRAプレミアムレース」全24競走の内の1つ。高貴さをまとうプレミアムレースとして「ロイヤル」を冠している。
 競走名に併記されているメジロドーベルは、過去の『エリザベス女王杯』優勝馬から、ホームページ上のファン投票によって選出された平成10年及び11年の同レース優勝馬。


【第8日】 11月14日(日)
●小峰城(こみねじょう)特別とは
 小峰城は、小峰ケ岡と呼ばれる標高370mの東西に長い独立丘陵を利用して築城した平山城。日本100名城の1つであり、盛岡城、会津若松城とともに東北三名城の1つにも数えられている。南北朝期の興国・正平の頃結城宗広の嫡子親朝がこの丘陵に城を築いたのが始まりとされる。城跡には本丸周辺部の石垣及び堀の一部が残存しているだけであったが、平成3年には三重櫓、6年には前御門が史実に忠実に復元された。また、白河城とも呼ばれる。

●須賀川(すかがわ)特別とは
 須賀川は、福島県中部の市。奥州街道の宿駅として発展した。市内を阿武隈川が流れ、東部には福島空港がある。また、平成17年に長沼町・岩瀬村と合併した。

●相馬(そうま)特別とは
 相馬は、福島県北部の市。江戸時代は相馬氏の城下町であった。林業・農業・水産業が中心。野馬追い行事が有名で、毎年夏には同市及び南相馬市において「相馬野馬追祭」が行われる。