彼女は、まったくの無表情だった…。
「おはよう。」
と、いつもの様に朝の挨拶をしても、こちらを向くことなく、じっとワープロを見つめていた。
事件が落ち着き、社内でも彼女たちの働きが成果を上げ始めて、自分の気持ちも落ち着いたのか、かなり回りが見えるようになってきた。
これまでは、いつもみんなに、
「おはよう。」
と、声を掛けていたが、その反応など気にする暇もなかった。
いま、こうして彼女が何の反応も示さないのを見ていると、ふと何故だろうと気にかかってきていた。
若松にそのことを聞いてみた。
「彼女の場合、統合失調症のひとつの表れとして感情が表に表出しないの。感情鈍磨とか無為自閉って言うんだけどね。」
と言う答えだった。
「感情鈍磨…」
これまで聞いたこともない言葉に少々面食らった。
いったいどうすらりゃあいいんだ?
疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
次の日丁度出勤した時に、彼女が向こうからやって来たので、満面の笑みを浮かべて、
「おはよう!」
と、言ってみたものの、その言葉は虚しく作業場の天井に響いた。
彼女は何事もなかったように、自分の席に座りワープロのスイッチを入れた。