(noteより)
声の神秘
声にはすべてが表れるらしい。
自信、劣等感。
喜び、怒り、悲しみ。
建前、本音。
そして、自分のなかの深いところに眠っている、自分でも忘れてしまっているような「古い記憶の断片」までも。
話す言葉の内容にではない。
「声そのものに」、である。
「声色」はある程度、意図的に変えられる。
訓練を受けた声優などはもちろんだが、普通の人でも日常的にさまざまな声を使い分けている。
電話で他人と話をするときと、自分の子どもに向かってお小言をいうときに、声色が同じ人はまずいない。
だが、「すべてが表れる」とはそんな声色さえ超えたところの話になる。
ところで、自分は自分の声をどのくらいわかっているのだろうか。
自分が「いい声」だと思っているその声は、本当に「いい声」なのか?
自分が「悪い声」だと思っているその声は、本当に「悪い声」なのか?
そもそもどんな声が「自分の本当の声」なのか?
自分は普段、どんな声でしゃべっているのか?
その声は、それを聞く相手にどんな影響を与えているのか?
実は私たちは、意外と自分の声のことをわかっていない。
そんな声で、日々しゃべっているのだ。
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