生徒さんのお話、前回は現在の小学生の生徒のお話でした。
今回は、過去にいらしていた生徒さんのことを書きます。
先日、町の広報で、George先生が亡くなられたことを知りました。
享年90、天寿を全うされたと思ってもいいのでしょうか。
先生なら、110歳までだって生きそうだったのですが・・・
とても寂しいです。
George先生の思い出
先生は、2010年の春に、小1になったばかりのお孫さんと、
一緒に教室にいらっしゃって、二人でピアノを習い始めました。
先生はその時、74歳でした。
改めて、残っている生徒名簿を見て年齢を確認しましたが、
あの時、今の私と同じぐらいの年齢だったんだなって、ちょっと驚きました。
それから7年間、毎月2回のレッスンに通って下さいました。
先生は、元中学校の英語教師で、校長まで務めた立派なかたでした。
英語教師ですが、音楽がとっても好きだったそうで、
現役時代は、音楽の先生を追いかけまわしてピアノを教えてもらったとか(本人談)
教えていても、音楽が好きだってことはヒシヒシと伝わりました。
ですが(笑)・・なかなか言うことを聞かなくて。
指使いなど、「私はこの指使いの方がいいので直しません」みたいな(笑)
音の間違いは直さないといけませんが、指使い程度のことは放置。
年齢や個性に応じたレッスンが長続きのコツかもしれません。
先生は、フォスターが好きでした。
「おおスザンナ」、「草競馬」、「故郷の人々」等々。
さすがに英語の先生ですよね。
中でも、「Old Black joe」が大好きで、発表会に英語でピアノ弾き語りしました。
ご自身も「Joe先生」と呼ばれていましたから。
今でもあの姿をはっきり思い出せます。
外人のお友だちも聴きにきてくれて、花束をもらったりして楽しそうだったな。
先生は昔の唱歌をたくさん知っていて、全部歌詞を覚えていました。
記憶力がすごかった!
私の知らない歌を色々教えてもらいました。
私の伴奏で歌った動画をYouTubeにアップしてありますが、
先生は時々見ているんだとおっしゃってました。
お寺さん関係のこと(お布施のこととか作法とか)、町内の選挙情報とか(笑)
そうだ、「般若心経」の冊子もいただきました。
高校の大先輩でもありましたから、同窓生のウワサ話とか。
イタリアとんでも旅行の話とか。面白かったですよ~
農家でもあり、お米やお野菜、奥様手作りのお惣菜とか、色々な物もいただきました。
先生に聞いた話で、一番印象深かったのは、戦争中の話です。
先生は10歳の時に終戦を迎え、満州から帰国しました。
お父様が満鉄の職員だったそうで、あちらで何年かを過ごしたとのこと。
その時の話は、聞いていて辛くなってしまうような内容で。
だから詳しくは書きませんけど、先生ご自身もあまり話したくないと言っていました。
でも私に話して下さったのは何故だろう?
その後しばらくして、地方の新聞に先生の談話が載って、見せてもらいました。
きっと心の一区切りがついたんでしょうね。
10歳の少年には辛過ぎた体験だったと思います。
先生がピアノを辞めたのは81ぐらいだったのかな?
頚椎症で、首の痛みから手が痺れるようになって、
ボタンがとめられなくなったそうで、その時点でピアノを諦めました。
それがなかったらずっとレッスンを続けていたと思います。
頚椎症は手のみならず、足も不自由になりますから、
侮れない病気です。私も首に症状をかかえているので心配です。
伴奏をさせていただいているコーラスの隊員の中に、
先生と同じ中学校で教師をしていた人がいて、彼女から
先生は施設に入られたけれど、頭はすっきり、はっきりなようだと、
教えてもらいました。
あの時、会いに行けばよかったなあ・・・
George先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
先生、ありがとうございました。
合掌
