We shall overcome ! ~年金女子のふたり暮らし~

We shall overcome ! ~年金女子のふたり暮らし~

夫が亡くなり、一人娘が遠くへ嫁ぎ、ひとりになりました。
同じくひとり暮らしだった妹と合体しました。
年金女子の気楽なふたり暮らしを綴ります。

こんにちは!

平凡な毎日を綴っています。
読んで下さってありがとうございます。

コロナ禍の2020年夏、夫(当時72歳)が悪性リンパ腫になりました。
甲状腺から始まった「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」
化学療法も放射線治療も奏功せず、2021年11月に74歳で永眠。
闘病1年4ヶ月で逝ってしまいました。

夫の闘病中、私自身も(当時68歳)乳がんがわかりました。
2021年3月部分切除、放射線療法、そしてホルモン療法継続中です。

一日一日を大切に、楽しく生きたいと思います。

生徒さんのお話、前回は現在の小学生の生徒のお話でした。

今回は、過去にいらしていた生徒さんのことを書きます。

 

先日、町の広報で、George先生が亡くなられたことを知りました。

享年90、天寿を全うされたと思ってもいいのでしょうか。

先生なら、110歳までだって生きそうだったのですが・・・

とても寂しいです。

 

 

  George先生の思い出

 

先生は、2010年の春に、小1になったばかりのお孫さんと、

一緒に教室にいらっしゃって、二人でピアノを習い始めました。

先生はその時、74歳でした。

改めて、残っている生徒名簿を見て年齢を確認しましたが、

あの時、今の私と同じぐらいの年齢だったんだなって、ちょっと驚きました。

それから7年間、毎月2回のレッスンに通って下さいました。

 

先生は、元中学校の英語教師で、校長まで務めた立派なかたでした。

英語教師ですが、音楽がとっても好きだったそうで、

現役時代は、音楽の先生を追いかけまわしてピアノを教えてもらったとか(本人談)

教えていても、音楽が好きだってことはヒシヒシと伝わりました。

ですが(笑)・・なかなか言うことを聞かなくて。

指使いなど、「私はこの指使いの方がいいので直しません」みたいな(笑)

音の間違いは直さないといけませんが、指使い程度のことは放置。

年齢や個性に応じたレッスンが長続きのコツかもしれません。

 

先生は、フォスターが好きでした。

「おおスザンナ」、「草競馬」、「故郷の人々」等々。

さすがに英語の先生ですよね。

中でも、「Old Black joe」が大好きで、発表会に英語でピアノ弾き語りしました。

ご自身も「Joe先生」と呼ばれていましたから。

今でもあの姿をはっきり思い出せます。

外人のお友だちも聴きにきてくれて、花束をもらったりして楽しそうだったな。

 

先生は昔の唱歌をたくさん知っていて、全部歌詞を覚えていました。

記憶力がすごかった!

私の知らない歌を色々教えてもらいました。

私の伴奏で歌った動画をYouTubeにアップしてありますが、

先生は時々見ているんだとおっしゃってました。

 

お寺さん関係のこと(お布施のこととか作法とか)、町内の選挙情報とか(笑)

そうだ、「般若心経」の冊子もいただきました。

高校の大先輩でもありましたから、同窓生のウワサ話とか。

イタリアとんでも旅行の話とか。面白かったですよ~

農家でもあり、お米やお野菜、奥様手作りのお惣菜とか、色々な物もいただきました。

 

先生に聞いた話で、一番印象深かったのは、戦争中の話です。

 

先生は10歳の時に終戦を迎え、満州から帰国しました。

お父様が満鉄の職員だったそうで、あちらで何年かを過ごしたとのこと。

その時の話は、聞いていて辛くなってしまうような内容で。

だから詳しくは書きませんけど、先生ご自身もあまり話したくないと言っていました。

でも私に話して下さったのは何故だろう?

その後しばらくして、地方の新聞に先生の談話が載って、見せてもらいました。

きっと心の一区切りがついたんでしょうね。

10歳の少年には辛過ぎた体験だったと思います。

 

先生がピアノを辞めたのは81ぐらいだったのかな?

頚椎症で、首の痛みから手が痺れるようになって、

ボタンがとめられなくなったそうで、その時点でピアノを諦めました。

それがなかったらずっとレッスンを続けていたと思います。

頚椎症は手のみならず、足も不自由になりますから、

侮れない病気です。私も首に症状をかかえているので心配です。

 

伴奏をさせていただいているコーラスの隊員の中に、

先生と同じ中学校で教師をしていた人がいて、彼女から

先生は施設に入られたけれど、頭はすっきり、はっきりなようだと、

教えてもらいました。

あの時、会いに行けばよかったなあ・・・

 

George先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

先生、ありがとうございました。

合掌

 

 

 

 

 

 

私のゴールデンウイークも、あっという間に終わってしまいました。

7日からレッスンが始まり、小学生の生徒さんが楽しそうにやってきます。

連休中はそれぞれ家族旅行へ行ったということで、平和で良いね・・・日本は、と思います。

私は予定通り何もせず、どこへも行かず、1円も使わず、

お財布をどこへ置いたか忘れたぐらい。

 

生徒さんの話をちょっとしたいと思います。

 

 

  Rくんのお話

Rくんは、4月から5年生になりました。

大谷選手を小さくしたような顔をして、実にかわいい子です。

年中の時から娘が教えていて、

4年前に娘が嫁に行ってしまい、そこからずっと私が教えています。

最初はまだ幼稚園の延長みたいで、

音符を書きながら大声で歌ったり、合格の花丸を自分で書きたがったり、

ちょっと男の子は難しいかなと思っていたのですが、

最近は成長著しく、すっかり落ち着いてしまい、

いつも「はい!」というお返事が爽やかな少年になりました。

 

Rくんの父上は、ずっとイギリスに単身赴任しています。

一度だけ帰国した時に会ったことがあります。

その時は、初めて買ってもらった自転車に乗ってレッスンに来たRくんに付き添ってみえ、

Rくんはとても嬉しそうにしていました。

やはり父親がそばにいるのは大事よね。

 

そのRくんですが、7月いっぱいでレッスンを辞めて、

お父さんのいるイギリスへ行くことになりました。

母と弟と妹も、もちろん一緒にです。

ロンドンからだいぶ離れた田舎の町だそうですが、

検索してみたら、それはそれは美しい街並みで、私も飛行機さえ乗れたら行ってみたい。

彼は、これまで少しずつ英語を習ってきているのですが、

現地は田舎なので日本人学校が無く、インターナショナルスクールに入るので、

英語がわからないかもと、すこし不安そうにしています。

私もデタラメ英語でレッスンをしてみたりしています。

3年間帰って来ないので、帰国時は中2ですかね~

「帰って来て、またピアノを習いたかったら先生の所へ来る!」

なんてさ、超かわいいよね。

心の中で、中2では受験勉強で大変だから、もうピアノは無理かなと思いましたが。

 

「嬉しいことを言ってくれるわね。だけどさ、私はその時は76歳だからね。

生きてるかどうかわからんよ~」

とお答えしておきました。

 

そしたら、

「そうだね~~」だってさ。

笑っちゃったわ。

子供っていいよね~忖度無しで、思ったとおりに言う!

だから子供と話していると面白いんですよね。

(私、95歳まで生き延びる予定なので・・・)

 

しかし、寂しくなりますよ。

孫みたいにかわいかったので・・・

 

 

続きは次にします。

 

 

画像は連休中に作った「夏みかんクッキー」

不格好で、ソフトクッキーになってしまいましたが、

味はそれなりにOKでした。


家の裏側にある狭い狭いスペース。

灯油タンクと、給湯機、エアコンの室外機、そういう無機質な場所ですが、

この季節は、かわいい花園になります。

 

しばらく草取りをしなかったので、こんなです。

恥ずかしいです。裏側で人目は気にしなくていいのですが、

雑草の種が隣近所に飛び、雑草をプレゼントしてしまうので、

今日中に全部抜きます。

なので1枚だけ写真に撮っておきました。

 

写真ではわかりにくいのですが、可憐で、風にそよぐ姿がいいんです。

ですが、向こうの隣家の同じスペースを見たらわかると思いますが、

雑草は無く、うちの雑草が伝染しないよう、抜くしかありません。

 

三つ葉のクローバーの薄紫色の花、

ヒメヒオウギの白い花、

ナガミヒナゲシらしき赤い花。

駆除しないと繁殖力がすごいのです。

 

今年はヒメヒオウギが元気ありません。

他の雑草に侵略されたようです。

雑草の世界も「食うか食われるか」のようです。