We shall overcome ! ~年金女子のふたり暮らし~

We shall overcome ! ~年金女子のふたり暮らし~

夫が亡くなり、一人娘が遠くへ嫁ぎ、ひとりになりました。
同じくひとり暮らしだった妹と合体しました。
年金女子の気楽なふたり暮らしを綴ります。

こんにちは!

平凡な毎日を綴っています。
読んで下さってありがとうございます。

コロナ禍の2020年夏、夫(当時72歳)が悪性リンパ腫になりました。
甲状腺から始まった「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」
化学療法も放射線治療も奏功せず、2021年11月に74歳で永眠。
闘病1年4ヶ月で逝ってしまいました。

夫の闘病中、私自身も(当時68歳)乳がんがわかりました。
2021年3月部分切除、放射線療法、そしてホルモン療法継続中です。

一日一日を大切に、楽しく生きたいと思います。

今日は朝から雨が降っています。

生徒が二人、小6なので、今日から修学旅行です。

昨日レッスンに来た6年男子が、見るからにワクワク舞い上がってまして、

子どもだなあ・・・と思いました。(いい意味でね)

「よそ見して歩くんじゃないのよ!」などと余計なお世話を言いました。

雨が降らないことを祈っていたのになあ。

このあたりの小学校は、日光へバスで行くようです。

私は小6の時は南伊豆に住んでいたので、

修学旅行は浜松、浜名湖、弁天島でしたけど、全く記憶に残ってません。

修学旅行とか嫌いだったのでね。

 

さて、色々な人々の楽しいブログを読むのが日課の今日この頃ですが、

拝読中にCMが表示される頻度が多くなってますよね。

消そうにも「×」とか「close」のボタンが見つからず、

表示されるまで時間がかかる場合が多いですよね。

私は性格が悪いので、CM表示中は意地でも見ないように目を閉じてます。

そんな失礼なCMなんて絶対に見ない、ましてやクリックなんてありえないのだ!

 

私はほんとに性格が悪いです。

生前、夫がよく「あんたはほんとに性格悪いね」と言ってました。

冗談かと思っていましたが、よく考えれば本気だったようです。

 

迷惑電話もよくかかってきますよね。

例えば、プロバイダーとか、電力会社とか、太陽光関係とか・・・

携帯番号が表示されると、もしやと思い出てしまう。

出てしまっても、とりあえず返事をせず聞いていると、

迷惑電話だとわかりますが、あえて切らないで、

ちょうど見ていた韓流ドラマの音声が聞こえるように受話器を置いて放置する。

するとしばらく電話のあちらで話す声が聞こえるのだが、

そのうちブチっと切れる。

その音を聞きながら「ウッシッシ」とほくそえむ私。

電話代を使わせてやったぜ!

 

あ~性格悪い。

妹が「そのうち刺されるよ」と言うので、やめようかとは思うのですが、

ひとつの楽しみになっているのでね。

あとは電話に出て、演技をする。痴呆老人のフリとか。

これは以前さかんにやって楽しんだけど、今はしてません。

罰が当たりそうなので。

 

だけどね、人の家に勝手に電話してくるのは失礼ってものですから、

少しは嫌がらせをしても罰は当たらないよね。

 

 

 

週末に娘の引っ越しを手伝いに尼崎へ行きます。

ずっと関西の地図を見ては、頭の中でまとめてきたのですが、さっぱりわからない。

それで、自分で書いてみました。これでやっと納得できた私です。

下手な地図で、下手な字でお恥ずかしい。

娘に送ってみたら、「おおむねあってるんじゃない?」ですと。

「USJ」にすごく近いね。連れて行ってくれ~」とラインしたら返事が無いです。

伊丹空港が兵庫県だったのは知らなかったです。


ピアノ教室の生徒さんの話、3つ目です。

最初に書きたかったのですが、なかなか文章にするのが難しくて、

最後になってしまいましたが。

聞いてください。

 

 

  元気になったミチコさん

 

2月から出稽古に行き始めたミチコさん(仮称)の話です。

ミチコさんは4月に82歳になったとのことですが、

81歳で初めてピアノを習うことになりました。

 

焦らず、ゆったり、進度を気にせずレッスンしていました。

4回目にお宅を訪問した朝のことでした。

お約束の時間は10時半なのですが、いつものように10分弱早めに、

ミチコさんのお宅に着きました。

ピンポ~ン、ピンポ~ン、何度しても反応がありません。

はてな??

私はおっちょこちょいなので、日時を間違えたのかなあと思い、

電話してみるも、電話に出ません。

もしかして近所に買い物に行っているのかも?

一人で買い物には行けないお身体なので、

誰かに連れて行ってもらったとか?

 

しばらく庭のベンチに座って待っていると、

近所の人らしきおじいさんがやってきました。

ミチコさんの庭に車を置かせてもらっているとのことでした。

「一人暮らしの人なので、ちょっと心配なんですが・・・」と言うと、

おじいさんが、

「いや、一人じゃないよ、娘さんが2階に住んでるはずだから大丈夫だよ。」と。

あらまあ、私の勘違いだったのね。一人暮らしじゃないのね。

おじいさんが、心配しなくても大丈夫、忘れて出かけたんじゃないの?って言うので、

30分後ぐらいにミチコさんの家を後にしました。

 

そして数日後、娘さんから電話がかかってきました。

娘さん、離婚して実家に帰ってきたのだそうです(おじいさんに聞いた)

昨年の9月に施設に入所したミチコさんのご主人が、

具合が悪くなって入院したとのこと。

それがショックで寝込んじゃったのだそうです。

数回お会いして感じていたのですが、ほんとうに仲の良いご夫婦みたいで、

寝込んでもおかしくないなと思いました。

レッスンの朝、寝込んでいて、ピンポンにも電話にも気づかなかったらしい。

元気が出たらまた連絡します、ということで、しばらく時間が経過。

 

そしてある日、ミチコさんご本人から電話がきました。

残念ながらご主人が亡くなられたとのこと、それはもう悲しそうな声で・・・

かける言葉も無く、私も69歳の時に夫に先立たれましたから、

気持ちはよくわかります。

施設に入れた直後のことなので、とても苦しんでいらっしゃるようでした。

今はまだ寝てることが多いんだけど、またピアノのレッスンしてもらいたいです、

ってお話されていました。

私は、このままやめちゃうのかなあ・・・と心配で悲しかった。

 

ですが、連休前に、ミチコさんから電話がかかってきました。

声もだいぶ元気になったような感じで。

レッスン再開するとのことで、私、とっても嬉しかったです。

心に空いてしまった隙間を、ピアノが埋めてくれるかもしれないって。

ミチコさん、乗り越えて!がんばろう!

 

先週、出稽古再開しまして、1時間ほど楽しくレッスンしてきました。

「故郷」を3番まで大きな声で歌ってくれて、毎回この歌を歌いたいとおっしゃってました。

はい、何回でも伴奏弾きますよ!

そして、ご主人の写真に手を合わせることもできました。

ご主人は、電車の運転手さんだったので、制服姿の写真がかっこよかったです。

ミチコさんの最愛の人のご冥福をお祈りします。

 

夫の一周忌の時に親友からもらった蘭が、

今年はすごく元気に咲いてくれていますよ。

 

 

生徒さんのお話、前回は現在の小学生の生徒のお話でした。

今回は、過去にいらしていた生徒さんのことを書きます。

 

先日、町の広報で、George先生が亡くなられたことを知りました。

享年90、天寿を全うされたと思ってもいいのでしょうか。

先生なら、110歳までだって生きそうだったのですが・・・

とても寂しいです。

 

 

  George先生の思い出

 

先生は、2010年の春に、小1になったばかりのお孫さんと、

一緒に教室にいらっしゃって、二人でピアノを習い始めました。

先生はその時、74歳でした。

改めて、残っている生徒名簿を見て年齢を確認しましたが、

あの時、今の私と同じぐらいの年齢だったんだなって、ちょっと驚きました。

それから7年間、毎月2回のレッスンに通って下さいました。

 

先生は、元中学校の英語教師で、校長まで務めた立派なかたでした。

英語教師ですが、音楽がとっても好きだったそうで、

現役時代は、音楽の先生を追いかけまわしてピアノを教えてもらったとか(本人談)

教えていても、音楽が好きだってことはヒシヒシと伝わりました。

ですが(笑)・・なかなか言うことを聞かなくて。

指使いなど、「私はこの指使いの方がいいので直しません」みたいな(笑)

音の間違いは直さないといけませんが、指使い程度のことは放置。

年齢や個性に応じたレッスンが長続きのコツかもしれません。

 

先生は、フォスターが好きでした。

「おおスザンナ」、「草競馬」、「故郷の人々」等々。

さすがに英語の先生ですよね。

中でも、「Old Black joe」が大好きで、発表会に英語でピアノ弾き語りしました。

ご自身も「Joe先生」と呼ばれていましたから。

今でもあの姿をはっきり思い出せます。

外人のお友だちも聴きにきてくれて、花束をもらったりして楽しそうだったな。

 

先生は昔の唱歌をたくさん知っていて、全部歌詞を覚えていました。

記憶力がすごかった!

私の知らない歌を色々教えてもらいました。

私の伴奏で歌った動画をYouTubeにアップしてありますが、

先生は時々見ているんだとおっしゃってました。

 

お寺さん関係のこと(お布施のこととか作法とか)、町内の選挙情報とか(笑)

そうだ、「般若心経」の冊子もいただきました。

高校の大先輩でもありましたから、同窓生のウワサ話とか。

イタリアとんでも旅行の話とか。面白かったですよ~

農家でもあり、お米やお野菜、奥様手作りのお惣菜とか、色々な物もいただきました。

 

先生に聞いた話で、一番印象深かったのは、戦争中の話です。

 

先生は10歳の時に終戦を迎え、満州から帰国しました。

お父様が満鉄の職員だったそうで、あちらで何年かを過ごしたとのこと。

その時の話は、聞いていて辛くなってしまうような内容で。

だから詳しくは書きませんけど、先生ご自身もあまり話したくないと言っていました。

でも私に話して下さったのは何故だろう?

その後しばらくして、地方の新聞に先生の談話が載って、見せてもらいました。

きっと心の一区切りがついたんでしょうね。

10歳の少年には辛過ぎた体験だったと思います。

 

先生がピアノを辞めたのは81ぐらいだったのかな?

頚椎症で、首の痛みから手が痺れるようになって、

ボタンがとめられなくなったそうで、その時点でピアノを諦めました。

それがなかったらずっとレッスンを続けていたと思います。

頚椎症は手のみならず、足も不自由になりますから、

侮れない病気です。私も首に症状をかかえているので心配です。

 

伴奏をさせていただいているコーラスの隊員の中に、

先生と同じ中学校で教師をしていた人がいて、彼女から

先生は施設に入られたけれど、頭はすっきり、はっきりなようだと、

教えてもらいました。

あの時、会いに行けばよかったなあ・・・

 

George先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

先生、ありがとうございました。

合掌