青森ははるばる行くところ?
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新幹線:2010.12.4新青森へ 「はやぶさ」、来年3月5日デビュー /青森
東北新幹線がついに青森まで行きました。近代化もここまで来たかと、感慨深いものがあります。東京から青森まで3時間20分!
東北本線は明治時代に開通しました。建設は人家の中に測量線を通すような、ものすごい荒っぽいやり方でした。蒸気機関車が弱い急勾配も考慮せず、強引に開通させたのです。その理由は江戸時代の大飢饉に代表される食糧難の打開です。開通当初はこれで東北の飢饉が救われる、と喜ばれました。
そういう重要な路線でしたので、東海道・山陽本線に次いで特急が設定され、私の生まれた年に全線複線電化されました。その頃の青森への東北線は、こんな感じ だったようです。
○ 岩手・青森県境は、機関車を最大3台つないで乗り切る。
○ 上野―青森は特急でも10時間25分。(明治時代は26~20時間)
○ 夜行急行「津軽」 は「出世列車」。「津軽」の1等寝台車から故郷に降り立つのがオトコの名誉。
何しろ青森というと、はるばる行くところ、というイメージがありました。新幹線などとてもとてもで、直近の旅行 でもバスと夜行列車でした。
しかし青森―上野の夜行列車で唯一の寝台特急「あけぼの」 は残るようです。秋田回りというのもありますが、まだまだ夜行に対する需要はあるようです。しかし青森行夜行列車という言葉も、時代の推移と共に死語になっていくようですね。
そして忘れられないのが北海道連絡の「使命」です。釧路から母親に連れられて延々とディーゼル列車に乗り、青函連絡船に乗り継ぎ、青森で午前4時台に乗り換える際に、大阪行きの「白鳥」に乗るのですが、上野方面の早起き特急「はつかり」「みちのく」の名前の響きにも、未知の土地に対する憧れを掻き立てられたものです。
釧路や札幌から本州の東京・新潟に行くには、青函連絡船を夜中にして乗り継ぐのが便利だったのです。
むろん丸2日かかりますが、北海道の煙突付きトタン屋根が、本州の瓦屋根に変わる様子、、さらに雪の中で電化特急といえど立ち往生して長時間停車して遅れるなど、長距離旅行の何かワクワクした感じは忘れません。
ビジネスにはスピードで早く結んだ方が良いに決まっていますが、長距離をいく達成感や新鮮な感動というモノを人間が持ち続けるならば、スローな旅行もなくなりはしないでしょう。
それにしても北海道新幹線はどうするのか、私の生きているうちに札幌までたどり着くのか、内浦湾の人口希薄な海岸に在来線が残るのか、見モノではあります。スローな旅情より切実なおカネの問題と、飛行機には勝てないスピードの合理性と、どちらが勝つでしょうか?