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成田⇒松山空の旅

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このブログで電車や自転車、徒歩やフネ旅行はかいたのですが飛行機は書いていないので、記してみました。電車その他は地面を忠実になぞるのですが、空中は地面を鳥瞰できる、地図を見るような感じが醍醐味です。

 

窓の景色は映画のようで♫映画のおカネは取らないで、飛行機はゆく♪天候はよく、近畿を除いて車窓をたのしむことができました。

 

(富士五湖付近)

 

昨年末は大みそかに帰省。早朝便だと航空券がいささか安いのです。JR総武線⇒浅草橋で京成線で乗り継ぎましたが、朝4時に出てきたにもかかわらず、京成高砂で外国人の集団がドッと乗ってきて、京成特急は成田空港まで大荷物とヒトで通勤電車並みになりました。

 

空港では第3ビルまで行進。おみやげを買ってチェックインし、荷物の多い家族連れやカップルを追い抜いてターミナルへ。夜が明けてきました。

 

 

8時前発のジェットスター便。バスに満員で乗せられ、ほぼ定刻に成田発。地上の引力に抗ってグッと引き伸ばされる感覚で空中のヒトになります。

 

まず見えるのは千葉県の「高原」。住宅に農地の他に、林叢に手賀沼があっという間に小さくなります。かつて1周したこともあります。走る車の列、ビニールハウスなども見えますが、高度が上がってたちまち豆粒のようになります。

 

”手賀沼特急”発車!(上)

 

(あっという間に小さくなる手賀沼)

 

つづいて現れるのが東京都の臨海。葛西臨海公園のなぎさや、羽田空港も見えます。空港がいかに拡張されたか分かる感じ。はるか下に着陸態勢に入る機も見えます。管制タイヘンです。

 

(葛西臨海公園と羽田空港新旧、50年前)

 

大東京を過ぎてしばらく山の中を行くと、ここで「機内食」(事前に予約しておいた500円)が出てきます。ココアワッフル一個とコーヒー。朝から水一杯だったので、ブドウ糖が染みわたります。食べたあとのゴミは着陸前に回収されます。

 

 

富士山をかすめます。火口が見え、宝永山(側火山)も生々しく、10秒くらいはとどまってくれます。続いて現れる南アルプスの山々は頂上だけ真っ白。暖冬のようです。

 

富士山は八面玲瓏

 


また山を行って、平野が現れると今度は名古屋近辺。川が錯綜するという以外は地理的にどこどこと見当がつかないのです。そうするうちに薄雲が出てきて、近畿地方は見れず、中国地方に飛ぶことになります。

 

(ポートアイランド?と福山西部松永付近)

 

神戸を3時間で観光する

 

広島県福山から尾道、さらにしまなみ海道が見えます。さらに行って広島県呉市―愛媛県今治市の県境、とびしま海道も見えます。ちょうどそのあたりで大きく左に旋回し、松山への着陸態勢に入ります。

 

とびしま海道を行く

 

(とびしま海道、今と5年前)

 

島の人情と、無人島に泊まる

 

瀬戸内海の島々、忽那諸島(今は全部松山市内)をかすめて興居島を右にみて、雲はありましたが揺れずに、あっという間に着陸します。この間2時間弱。

 

(しまなみ海道因島と、とびしま海道末端を一望)

 

本をもって来ていたのですが、地図や景色を照らし合わせたり、飲食したりしているとけっこう多忙であっという間でした。

 

(道後温泉別館、飛鳥の湯)

 

ちょうど路線バスが出るところで、空港を出ると直ちに道後温泉♨に。空港から直通便があるので便利。本館は観光客も含めて押すな押すなの大行列で、飛鳥の湯に入り、昼すぎに自宅に着きました。

 

飛行機便は地上をあくせく行くよりはるかに合理的です。また、これまでの旅行を俯瞰する感覚もあります。地上をあくせく行く不合理性と俯瞰する合理性、相対するものがありますが、俯瞰する対象がなければ飛行機もただの移動手段です。「地上戦」ができる体力と好奇心を育んでいきたいものです。

 

<完>

教育と研修、育成の違い…助成金は研修で!

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こんなことは生成AIに聞けばたちどころに出てくる、と言えるかもですが、小中高大と教育を受け、教育関連の助成金をやってみると、なんとなくこの3つの違いが気になってきます。

 

教育…イコール徳育。なんとか主義教育とか民族教育なども含む。思想・マナー的なものも覚えること。

OFF-JT(教室でやる授業)のイメージ。

研修…仕事のやり方を身に着けること。だから雇用関係助成金で「教育関係助成金」というのは間違い。

OFF-JTとOJT両方。

育成…仕事のやり方と、徳育と両方身に着けること。組織付いているより個人に育てられ、育てる感じ。

OJT(ワンツーマンの教授)のイメージ。

 

(リスキリングは研修)

 

教え育てるというのは、精神含め、生きていく糧を得るようなもの。研き修めるというのは、ダイヤの原石を研くのと同じで、腕を磨いて仕事ができるようにすること。さらに育って成るというのは思想と仕事を合わせて全うし成人になる、という感じでしょうか。このうち助成金の対象になるのは「研修」です。

 

昭和100年!昭和50年の助成金

 

昭和50年ごろは自己啓発の「教育」も教育関連の助成金(ウチでは教育も研修も使い方チャンポン)の対象でした。それがなぜ対象外になったかというと不正事件があったからです。

 

具体的には同じカリキュラムを「やったことにして」「大もうけ」した会社が出たからです。自己啓発というのは教育から外れてはいませんが、当局は同じようなカリキュラムで、建設も卸売りもサービス業も製造も、一緒くたな訓練をやって助成金を出すということには否定的なのです。

 

バラマキと給付の真ん中、助成金の趣旨はかいつまんでいえば「薄く遍く」。政策を広めるためですからね。「やったことにして」はもってのほかですが、特定のヒトがラクして国の税金で儲ける、というのも当局としては合法でもイヤなのです。社労士の不正も「成功報酬」では高ければ高いほど疑われますよね。

 

当局が怒る「書面のコピー量産」

 

(この2月のリスキリング改正)

 

だから研修関連の助成金の代表格、人材開発支援助成金では、1年度1コースに…

 

量:就業時間内に最低10~20時間 

質:その会社ならではの「すぐ使えるムツカシイ」業務を教えること

 

の2大要件がカリキュラムには求められるのです。この2月に改正される「リスキリング助成金」はきわめて自由なモノでいいという拡大解釈が飛んでいるようですが、ムツカシクなくてもいいから、似て非なる教育や育成より、業務の研修でありたいものです。

 

ただ昨年末、人開金 人への投資促進コース 定額制訓練で10数億の史上最大規模の、研修会社助成金不正事件が発覚しました。1年前(一昨年)から1研修会社で不正行為と言われていた案件が、研修した会社も含んで全国に飛び火したのです。

 

(摘発された会社のスキーム)

 

原則経費の60%の研修助成金支給を、残り40%以上をトンネル会社(協力会社)を通じて「業務委託」の形で研修する会社(申請事業主)に返し、利益まで出るというモノです。

 

助成金は研修にかかった費用の60%払うモノで、研修にかかった費用を全部補填する趣旨ではないので、それを研修をやる会社が自力で埋めるというのはもちろん不正です。

 

「研修費用が0になります!」というキャッチは数年前から流行ったものです。今ではもちろんなくなりました。

 

当局の助成金審査業務の根幹から見直す事態になるようです。研修を受けて大もうけした会社と企業が摘発され、年の瀬に全国各地で火の手が上がっているようです。研修の趣旨とは関係ないですが、おカネ儲けは少なくとも助成金の実務にはそぐわないのです。

 

<完>

午年2026年、明けましておめでとうございます!

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「令和7年の反省」の続きです。令和8年、午年が始まりました!


 

さあ今年はどうするか?助成金処理の事務的な体制は造られた!あとはAIその他でソフト化するだけです。重要なのは自動化もさることながら、その入力される情報の正確さを見抜けるか?助成金の要件と、会社の“風土”が求める労務的要件が一致するかどうかです。

 

不正が起こるのは事務的な面倒くささを克服する流れの円滑化と、それに倫理をどうくっ付けるかというくっつき具合が勝負です。その接着剤が「助成金の提案書」ということになります。

 

なぜ助成金の不正をやるのか?

 

 

社名、住所、業種、従業員数、資本金…その他入力して、その会社概要にどういう問題が見いだされるか?というところが勝負です。こうこうこういう解決法で行きましょう、それに助成金も付いてきます!という提案ができれば、いうことなしです。今年はその提案法を追求して行こうと思います。早速この月末のセミナーで発表いたします。

 

今年はこの「助成金の提案書」⇒「より会社を労務的に組織的によくする提案」を追求します。「助成金の実務ができる」という意味は、これまでは、書類を書いておカネが振り込まれるようにするワザでした。おカネは大事ですからそれはそれでいいでしょう。

 

中企団 「助成金人事制度」セミナー(事業内計画)

 

それ以外に「助成金の実務を通じておカネ以外の何を得るか?」ということを追求し、商品化していきます。そのポイントはいつもの「事業内計画」です。提案書で提案する内容はこの計画で、ここから助成金が出てくる、という流れを作ります。

 

 

「福利から助成金へ!」2024年中企団助成金セミナーが初出で…

エシックス経営と雇用関係助成金をようやく接着剤でくっ付け得た!と言えます。失敗による非難を恐れずに助成金申請ができるのです。

 

助成金に何の問題提起を見出せるか?それは社労士の範囲のみならない幅広い知見にかかっています。経営や組織の勉強を始めていますが、ちょっと事業内計画≒人事評価制度も改めて学んでみたいと思います。

 

 

私的には引っ越しがあります。自宅が郊外にでき、3年続いた職住接近=都近生活とおさらばでもう少し広い住居に移り、事務所はそのままです。AI化で書類が減り、ラックを片付けたので広くなるでしょう。そうするとさらにヒトも雇用してみるかな?なんて考えます(昨年も同じようなことを言った)

 

今のままであれば、スタッフも在宅作業で十分なので、事務所は不要になるかも知れません。そのあたりはまだ結論が出ないのです。とにかく優柔不断が治るかどうか、肉体はある程度まで良くても、精神神経も老います。抗老できるかどうか?決断で行って行けるかどうか?モノよりもココロの問題かもしれません。

 

 

趣味についてもモノは一段落。引っ越しありますので増やせません。その実観艦式やレイアウトごっこを飽きもせずやりたい気もしています。気分次第でやるでしょう。

 

自転車は中山道を遠征してコンプリを目指します。昨年は27宿でしたから、40宿は行きたいですね。ただ先日軽井沢に行った時は冬の走りで寒い思いをしました。若いころと比べると頭や心臓に寒暖の差がズシッとくるトシになっています。とにかく運動は十分に、ムリをしないでというところです。

 

<完>

令和7年もお世話になりました

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令和7年“度”はまだ3カ月ありますが、令和7年は今日で、事務所の年度も終わりです。さあこの1年はどうだったか?

 

○ あちこち穴が開いているのを全部塞ぎきれなかった

 

感じの1年でした。今年の最初に「事務体制をつくる」と宣言したのですが、その体制がようやく年末に出来上がってきた、ピンときたという感じです。

 

助成金をもらえる「事務処理体制」

 

そもそも社長1人の会社であろうと、それこそ日々降ってくる事務を処理する体制をつくることはたいへんなものです。夫婦そろっての会社がうまくいくのは、広い意味での事務が滞りなく行われるからです。

 

大きな会社さえも助成金の調査で引っかかるようなものなのですが、弊事務所は助成金でやっていますので、膨大な雇用保険のごく一部の事務処理程度、長年やってるし年初にはすぐできると思ったのです。それを踏まえて名南さんのセミナーではコンサル中心に話しました。

 

令和7年度 名南経営助成金セミナー

 

ただその左から右へ流す事務の手法ではなく、AIによるスピード化でもない、自分自身の考えに基づく、歯止めを利かせる倫理意識がないと、これはカンタンには作れないということに気が付くのに時間がかかりました。だから中企団さんのセミナーでは、不正防止=事務体制の確実化、という分野を設けて話をしました。

 

単に事務処理するだけなら社労士でなくてもできるでしょう。事務体制ができるまでは応急の防戦、お決まりのセリフ「バタバタしていて」メール連絡などできずに随分迷惑をおかけしたところがあります。

 

中企団―申請失敗を恐れないセミナー

 

売上はソコソコ。ほぼ横ばいでしたが、そうだろうなという気がしています。ソコソコあちこち(遊びで)出かけたし、中山道も何とか2年目の「ノルマ」は達成しました。

 

生成AIのおかげで業務もセミナーも作成時間は縮み、売上は伸びましたが反面、在来からのインフラにガタが来ています。これも不連絡の原因。電話がかかっているのに分からない状態が結構続きました。

 

電子計算機(死語)に追わるるがごとく

 

実務が水漏れているのに、色々試みる余裕はありました。リスキリングに代表される中高年教育、支援や助成金が出るというものでない「助成金ツール流の就業規則」などです。これは政府の意思でもあり、続けていこうと思います。

 

社労士こそトライ!リスキリング助成金

 

中高年教育は、何しろ「働きたくない」中高年が多いのです。意欲のあるなし格差が大きくなってきたのもありますが、今や50歳以上の中高年は若い衆に比べて多数派。威張ってもいられないのです。

 

おっさん(助成金がある!)胸を張って生きよ!

 

社会からはじかれた(と妄想した)同世代の犯罪はもうちょっと何とかしようよ、と思わせるものがあったのです。だからかくいう私も含めて意識改革、少なくとも社会の足を引っ張らない思考法が、メカを学ぶ前に求められます。

 

 

就業規則4時間セミナー収録!

 

いろいろと助成金を中心に、世界が広がってきたのもあります。雇用関係や会社がもらうというほかにも、国や自治体の給付は複雑化しています。そこを突いて紹介できたのはよかったです。

 

結婚しようよ!補助金が出るよ(^o^)

 

趣味は第2次大戦後80年、ヨーロッパと太平洋で色々な記念日を個人的に検証することができ、軍艦も300隻に達しました。戦車とともにここらで新規製造は打ち切りにしようかと思います。鉄道はこれも250両を超えたので、車両はソコソコにして走らせるレイアウトを整えなきゃです。それ以前にスペースですけどね。娯楽の曲がり角です。

 

模型ハイブリッド・サイクリング

 

自転車はトシのせいか、出かけるまでがなかなかおっくうでした、ただ出かけてしまえば体は動くし翌日も疲れは残らず爽快なのですが、ここは精神上のバイアスと思っています。それにしても自転車がよく壊れた1年でした。買って8年になるので、無理もありません。その都度修理してこないだようやく細かい部品まで復帰しました。

 

朝方と夜型を乗り換え乗り換えした1年でしたので、ここは朝方にキッチリ改める必要があります。健康的にはリズムのつかみにくい生活でしたが、身長体重胴回り…体型もここ20年と全く変わらず、22歳時+6キロの体重増加で押さえています。食事に気を付けて、塩糖脂をなるべく避ける自炊生活をしっかりと。
 

健康含めた「事務体制」が整えば遊びもまた楽し、飲む打つ買うに比べておカネも時間も使わないのだから、全く個人の精神強化によります。仕事の決断も同じ。トシというのも言い訳です。

 

中山道 ⑱軽井沢宿⇒碓氷峠を駆け下りて⇒ ⑬高崎宿

 

健康はいいのですが、とにかく戦っていますが、穴があちこち空いて東から西から敗報しきりと、80年前のドイツのようになっていたところでした。焦土化したわけでもないし、本土決戦もなかったのですが、事務体制をつくって、しっかり「仕事を迎え撃てる」ようになりたいものです。

 

<よいお年を!>

箱根の山は天下の嶮(下)芦ノ湖の希望

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箱根の山は天下の嶮(上)の続きです。

 

これまでなだらかな切り立った川沿いを歩いてきましたが、ここからは川も近くにない、切り立った箱根の火口丘を切り開いて作った街道を登ることになります。

 

(畑宿ふきん)

 

いのしし 畑宿→西海子坂→橿木坂

 

畑宿は「寄木細工」の街。寄木とは木のプラモデルのようなもの。寺や民家をつくった、さまざまな堅固な木材の余りで、大工さんが仕事の合間に遊びで作ったものだったでしょう。美しかったので、装飾品になったのです。沿道の店では大勢集まって、物入れや貯金箱など、親子の制作体験教室をやっていました。

 

(畑宿集落)

 

寄木細工の創始者、石川仁兵衛の墓は名所になっています。仁兵衛は庭園を持った屋敷に本陣を構え、羽振りがよかったようです。職人の創造力のほかに営業がうまかったのでしょうね。東海道から外れていますが、大澤坂の迂回で、ちょっと見ることができました。

 

(明治の畑宿)

 

町はずれには一里塚。古い石碑の道路標識ぐらいに思っていたのですが、本来一里塚とは、丘を2つ盛り上げて、木を植えて茂らせ、その間に街道を通したのです。現代人が思いもつかない、大がかりな距離標だったんですね。ここで湯本で買ったパンをがっつきます。お昼前ですが、本格的な飯は芦ノ湖でと計画していました。

 

(本来の一里塚)

 

畑宿の一里塚を過ぎると、西海子坂(さいかちざか)。と言っても街道はごく一部で、車のビュンビュン通る県道の隙間を縫って、階段やら橋やらで乗り越える、という坂です。「空中東海道」もあります。国道1号の開通でむかしの街道が橋になっちゃったのです。そんな歴史もヒトの配慮が感じられて面白いものです。旧道が新しい橋で車道を乗り越えるのです。

 

(西海子坂)

 

山の中では1人、トレランの人に抜かれましたが、針葉樹林で、もうこの辺りは人っ子1人いなくなります。ここはむかしから「箱根七曲り」ヒトも車もクネクネヘアピンカーブを曲がって急坂を越えます。新道旧道人道入り乱れて、街中に劣らぬ立体交差です。ただこの厳冬にクルマはビュンビュン来ますが、ヒトはいないだけです。

 

 

歩くヒトは時に歩道、時に石畳、時に橋と、木の根や小川をまたいで進みます。自動車道の歩道にも、石畳を模しているところがニクいではないですか。

 

(空中東海道と橿木坂)

 

七曲りの先が橿木坂(かしのきざか)。箱根で一番の坂、というのは急角度の階段の連続で、コンクリートなどない時代、芭蕉や水戸黄門、三井高利、浅野内匠頭や島津久光、明治天皇も、どうやって越えたんだ?と思うくらい急だからです。石でも積み上げたのでしょう。重機自動車のない時代大変な労力です。

 

ちなみに江戸時代までのヒト、大和から東征してきた景行天皇の皇子、ヤマトタケルは碓氷道(上信国境の碓氷峠ではない)、「更級日記」菅原孝標の女や、鬼退治の源頼光は、箱根を遠く北へ迂回し、足柄道(南足柄→足柄峠→御殿場)で越えていました。足柄道が802年の富士山噴火の溶岩で埋まり、湯坂道が開かれたのです。

 

(箱根街道概念図)

 

頼朝や阿仏尼、尊氏、秀吉は足柄道よりもっと南、湯坂道(箱根北側の中央火口丘尾根沿いルート)で箱根を越えていました。駅伝ルートに一番近いです。勾配は江戸時代になってつくられた、須雲川→畑宿コースの方が緩和しましたが、尾根の上は山の上で景色がよかったようです。

 

コンクリの階段だからそれでもラクですが、むかしむかしは全部石積みでやったと想像すると、江戸時代のヒトでも、険しさに音を上げたココロがいささかでも分かります。

 

猿 猿滑坂→追込坂→甘酒茶屋→於玉坂

 

橿木坂を上り切った道にある「見晴し茶屋」階段を登って見てみると、はるか彼方に太平洋と小田原らしき街が見えます。昔は樫の木平。現在は茶屋と言ってもレストランで出入りが多く、車でしか来る人はいないようです。

 

(遠く小田原と太平洋)

 

箱根は関所はじめ、力餅や人足たちの力自慢など、峠ならではのハナシが多いのですが、雲助のハナシもあります。もともと運送人足の名称だったのが、旅人が悪質な駕籠かきや荷運びに、チップをせびられたりするので、すっかり「悪いヒト」の代名詞になってしまったのです。

 

険しい山で、需要が供給を上回ったんでしょうね。「おい、運んでやったのにこの駄賃はないだろうが!」という感じで、かの赤穂浪士もたかられたようです。ただ案内には「雲助の作った石垣は頑丈で崩れなかった」という伝説もあります。

 

(要はぼったくり)

 

この見晴し茶屋からは、新火山の裾野を行き、ほどほどな勾配になります。こんな山中でも昔は旅人が大勢行きかい、お茶やお団子を出す茶屋もあったのです。

 

(むかしは茶屋があった!甘酒橋)

 

立派な県道の上下に旧道があり、時に小川を渡ったりしながら、箱根の新しい山、中央火口丘の裾野の谷をたどります。

 

(猿滑坂)

 

猿滑坂は階段がなければ確かに急坂で、サルも滑るというようですが、追込坂は緩い勾配で、そこを越え、山から出ると県道と合わさって甘酒茶屋です。この箱根東道で唯一残る茶屋です。

 

 

3軒の建物で、便所・博物館・食堂売店の順で、藁ぶき屋根を模して造られています。ひっさびさに人に会った!旧街道に並行して自動車の県道が伸びています。博物館を見て、食堂では甘酒をいただきました。博物館は無料、赤穂浪士の雲助たかられ堪忍の人形もあります。江戸期のような扮装をしたスタッフもいて、駐車場もあり車のヒトで賑わっています。歩き人はいませんでした。

 

(追込坂とその先)

 

ここを出ると於玉坂。山の中にまた入ります。関所破りのお女中を処刑したとかいうところで、確かに切り立った山と谷に挟まれた行き止まりっぽい地形です。まだ多少登りが続きます。車道のはるか上を通ったりして、木の根っこや敷石の崩れたものが多くて難渋します。現代人が雨水が流れるように、敷石が崩れないように排水溝を作ってくれているのですが、そっちの方が進みやすいくらいです。

 

ほっこり 白水坂→天ケ石坂→権現坂→元箱根

 

次の白水坂から登りがきつくなくなり、下りも現れ「洗濯板」になります。ここまでくると山の中でも、箱根に来た観光客がちょっと街道を楽しんで歩こうかというヒトがチラチラいます。「箱根八里は馬でも越すが」の碑がある天ケ石坂を抜け、そして目的地の芦ノ湖がついに見えた!

 

(天ケ石坂)

 

前回の箱根越えでも、山を上り下りし湖が見えて生きた心地がしたものでした。ただ石畳は飛び石で下りなので、滑らないように登山ポールを伸ばして、石の合間に刺しながら行きます。

 

(権現坂)

 

元箱根まで最後の坂、権現坂は山奥より整備された石畳で、ポールを引っ込めて快調に下ります。急激にストンと落ちるように下り、鏡のような青い芦ノ湖が、林の間から迫ってきます。最後はここがスタートのような街道の由来の案内板があって、今日の目的地、元箱根に着きました。

 

(ついに芦ノ湖!)

 

本来なら箱根東部は中央火口丘を抜けるため、元箱根から宿場町を経て、さらに箱根峠まで14kmほど、5つの坂を登らねばならないのです。古い火山だったところです。芦ノ湖と新しい山にはさまれた絶好の地、箱根関所も途中にあります。自転車だと小田原ー三島は1日で行けますが、徒歩だと三島宿まで、私のペースだと3日がかりになりそうです。

 

箱根を越える

 

箱根は山越えの壮大な洗濯板コース。箱根峠から西部に入って、また坂もあるのですが、もう十分徒歩で満喫した気がしたので、ここで引き返します。油断すると冬のことで真っ暗になりますからね。観光地なので夕方以降はバスや電車の便も減るのです。

 

(元箱根バス停)

 

時に午後2時半。距離は12kmですが、午前9時半、箱根湯本から歩き始めて5時間かかりました。畑宿一里塚で食べたロールパン4個と甘酒で持ちましたが、ハラが減ったので湖畔の食堂で狸うどん。歩き終ると寒くなって、セーターや手袋などして、バス乗り場に並んで小涌谷行きのバスに乗りました。5年前自転車で通った道があっという間。

 

(小涌谷駅)

 

箱根登山鉄道を乗り継いで、小涌谷からいったん強羅まで行って、2か所のスイッチバックを堪能し箱根湯本に戻ってきました。午後5時で辺りはもう真っ暗。ちょっと豪華なホテルでひと風呂浴びて、夕食を摂って帰ってきました。元箱根から湯本直通の路線バスもあったのですが、遠回りしたのは、箱根登山鉄道に乗るのは初めてだったからです。朝7時に出て、夜8時に帰ってきました。

 

(湯本温泉、富士屋ホテル)

 

勾配の多い箱根は徒歩自転車は、トレッキング、サイクリングでなければナンセンス。自転車は冬場なせいか見かけませんでした。箱根はいくつかの観光拠点、湯本に畑宿、小涌谷や強羅といったところから彫刻の森や芦ノ湖、関所など歴史の建造物や温泉を楽しむという、面よりも点と点を結ぶ観光地です。だから団体でなければ路線バスは大入り満員になります。

 

雰囲気はいかにも「観光地」やや慌ただしい都会の雰囲気がしますし、山奥であってもヒトもむっつりしています。案内札や足元が地元の方の努力でキープされているのはありがたいです。変化があるから面白いからみんな来るんです。

 

(芦ノ湖と遊覧船)

 

電車も始発から乗らないと、座れないことがあります。強羅や小涌谷などは、ホテルなど予約していないと、土産物屋を冷やかすだけです。あたりはすぐに急こう配ですからね。わずかな平地に建物があり、スイッチバックとか張り出しの平坦基礎とか、ヒトの努力で住みよくしているのです。行く場合は勾配に基づく体力の消耗を考えて、目的を決めていった方が良いようです。

 

(畑宿にて)

 

それにしても団体にカップルに家族連れが多い!箱根は関東の奥座敷で、メジャーですから物価高の中、さらにモノの値段が高いのです。甘酒一杯500円、タヌキそば一杯950円です。日帰り入浴は650円から、私の入った富士屋ホテルは2,000円。大勢で運賃払ってご馳走食べて…とやると、客単価が高いのですね。バスに鉄道の他、フネにケーブルカーにロープウェー、温泉のほかに芸術や博物館、歴史的遺構も深いのです。

 

私のようなケチで、パンを食って一人で歩くような野郎はおカネにならないのです。競争も激しそうですね。5年ほどの新旧の地図を見比べると、なくなった公衆浴場やホテルも散見されました。親切な案内や記録が多く、なんだか華やかで、しかも新旧栄枯盛衰を物語る奥深さがあって、箱根の魅力は尽きないのです。

 

<完>

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