今もまだ、慣習的に残っているが、AAで自分の名前を名乗るとき、一部のメンバーは自分の本名とは無関係の、いわば「ニックネーム」を名乗る人がいる。

時には「アノニマス・ネーム」※という人もいる。「名も無き名前」?

※=このジャパニーズ・イングリッシュの発祥は関東。

 

しかしAAのさまざまな書籍にはAAで名乗る場合、ファーストネームを名乗る事を提案している。

例えば・・・創始者ビル・Wがミーティングで名乗るとすると・・・

「My name is Bill. I’m alcoholic.」

・・・となる。

 

アメリカなどの西欧諸国では人の名前をよぶとき、知り合いなら年齢の上下に関係なくファーストネームを呼ぶのが習慣化している。トム・クルーズなら「ヘイ!トム!」、エマ・ワトソンなら「ハイ!エマ!」となる。

トムはクルーズ家の息子であり、エマはワトソン家の娘という事だ。西欧では名前が先に来るので、ファーストネームとなる。

(この二人、アルコール依存症者の記事とは無関係です。念のため)

 

しかし、日本は逆の習慣だ。これ武家社会時代から継承された家柄や子孫繁栄などのものだからか、日本では人の名前をよぶとき「苗字」つまりラストネームで呼ぶのが一般的だ。

山田一郎なら「山田さん」「山田君」だろう。親しければ「山田!」で、「一郎」と呼び合うのは、その家族か、よほどの親友または恋人かもしれない。

 

ならば、なぜAAで「ニックネーム」というものが広まったのか?AAの基本テキスト「アルコホーリクス・アノニマス」にはファーストネームと書いてあるのになぜ、そうなったのか?

 

これには、日本のAA草創期のメンバーたちの誤解がある。

 

日本のAAはすでに1950年代から外国から来たAAメンバーが日本にメッセージ(AAに解決がある事)を伝えるために米軍基地内へメッセージを運んだりしていた。1970年代には、今のような構成ではなかったが関東を中心にAAミーティングが開かれ始めていた。

そして1980年代半ばに、東京の南多摩米軍キャンプのAAメンバーたちと当時の日本にメンバーが一緒にイベントを開始した。

まだ日本人だけでイベントが出来るほど日本のAAは成長していなかった。

 

その中ではダンスパーティやキャンドルを使った厳かなミーティングや日本人ならではの麻雀大会が開催されていた。このイベントには当時、AAに通い酒を止めていた全国の日本人メンバーが参加した。

 

そこで、日本人メンバーは米軍のAAメンバーたちのミーティング風景を目撃する。

司会者が話し合えると、話したいメンバーが手を上げる。指名されたメンバーは皆の前に行き、こう名乗る。

「My name is Bill. I’m alcoholic.」

「Hi ! Bill !」

そうして彼は自分が「かってどうであったか」「何が起こったか」そして「今、どうであるか」というAAの論法で自分の話をする。

無論、ビルもいればボブもいるだろう。女性ならアリス、エレンもいるだろう。これは彼らからすればファーストネームを名乗っているのだ。

 

しかし、これを聞いていた英語が分からない日本人メンバーは、自分たちもあんな名前、つまり本名とは関係のないニックネームをつけないといけないんだと思ったという。そして「はい!〇〇〇!」というんだと。

その場に英語が話せるメンバーがいたかどうかは知らない。しかし「無名のアルコール中毒者たち」と訳されていたAAは無名になるには「ニックネームをみんなで付ける必要がある」と理解したという。

この「お土産」を持って初期のメンバーは日本各地の地元に帰った。

 

これで、日本独特の本名の氏名とは、何の関係もないニックネームという習慣が根付いた。

AAを訪れメンバーになると決めた人は最初にニックネームをつけるように言われたのだ(僕も言われた)。

全員、日本人、アジア人なのに、トム、エマ、ナンシー、ジュリアン、セバスチャンなどがいた。人の名前ならまだ、いい方で死んだ猫、犬の名前、鉄道の名前や物質、はてはアニメのキャラクターまで出てきた。

 

こうなると、外のカフェで一緒のお茶を飲んだり、街を歩きながらニックネームを呼び合うAAの集団は異様だった。カルト集団のようだった。

ついでに書くと「Hi ! Bill !」のHi !は「ヘェ~イ」に近いもので、それを使う習慣のない日本で「はい」は意味を成さない(と僕は思っている)。

 

もう、こうなると無名の集まりの中でメンバーは無名であり過ぎて、誰かも分からない。すごく素晴らしいメンバーで、ぜひスポンサーになってもらいたいと思う人が連絡を取れなくなる。

 

僕はアメリカに行ったメンバーや僕のスポンサー(彼は英語が話せたし海外のAAにも行っていいた)に話を聞き、ある年の正月のその年の最初のミーティングからニックネームを捨て、ファーストネームを名乗った。

そして、自分の個人情報を恐れずにAA内部や医療、福祉関係者に自分の連絡先を教え始めた。

 

この後、僕は、どうなったか?

僕の無名性はなくなったのか?