正式タイトル↓

『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』

 

世間ではスタンリーのSF三部作の一作目をとされている傑作。正確にはSF(空想科学フィクション)ではなくPF(ポリティカル・フィクション)なのだろう。

 

作品の舞台は1960年代の米ソ冷戦時代。どっちが核兵器を、たくさん持つかの核競争という中で生じた「米ソ冷戦時代」。

水爆実験がどんどん行われている現実に脅威を感じたスタンリーが1958年に出版されたピーター・ジョージの小説「赤い警報」の原作を元に作り上げたブラックコメディ。本来、ピーター・ジョージの小説はシリアスな核の恐怖を描いた作品。

 

●公開当時の海外ポスター

 

それがブラックコメディになった事の発端は、スタンリーが多くの核兵器専門書を読み、原作者のピーター・ジョージとともに脚本を執筆していたが、その途中「核は抑止力にならない。先制攻撃したら、それだけで一方の国家が崩壊し世界は破滅する実にバカげた事だ」と気づき、そこからスタンリーは「マジック・クリスチャン」で有名な皮肉屋のテリー・サザーンを迎えて、脚本執筆したという経緯がある。

この「核の抑止力の本質」に観客が大笑いするブラックユーモアへと全面的に書き変えたことでも有名。しかし、これには原作のピーターは大激怒したという。

この映画の持つ笑い根幹は子どもでも分かるテーマ

―― 核の抑止力の本質 ――

 

ある日、米軍のパーブルソン空軍基地の司令官ジャック・ザ・リッパー(スターリング・ヘイドン)が正気を失い24時間、ソ連の航空圏内を飛行している核兵器搭載の全B52爆撃機にソ連のICBM基地への攻撃命令「プランR」を実行する命令を独断でくだす。

 

●ジャック・ザ・リッパー将軍

 

同時に基地内のすべての個人所有含めたラジオの没収を命令し、外部からの連絡を断つように指示する。基地内にいた英国友のマンドレイク大佐(ピーター・セラーズ)はたまたま見つけたラジオが音楽を鳴らしているのでプランRは間違いだろうとリーパーに提言に行くが、持ち前の軟弱さでリッパーとともに同軍を攻撃する羽目になる。

 

●マンドレイク大佐(ピーター・セラーズ)

 

プランRの指令を受けたB52爆撃機機内は、それまでの、いつもの平和な空気が流れて皆思い思いの事をしているが、指令を受けた途端、機長のキング・コング少佐(スリム・ピケンズ)を始めとする一同は、国家の命を実行すべくソ連へと核攻撃に向かう。

 

最初にリッパーが「プランR」を出したのを知るのは、愛人と不倫中の国粋主義者、バック・タージドソン将軍(ジョージ・C・スコット)。すぐに大統領のいるペンタゴンの最高作戦室に向かう。

 

●ペンタゴンの最高作戦室

 

●マフリー大統領(ピーター・セラーズ)

 

ペンタゴンの最高作戦室には、マフリー大統領(ピーター・セラーズ)を始めとする、国家の要人が並んでいる。(マフリーは英語のスラングで“間抜け”の意味)ここには先のタージドソン将軍、核開発の責任者でドイツから帰化したストレンジラヴ博士(ピーター・セラーズ)がおり、大統領がわざわざ呼んだというアレクセイ・デ・サデスキー・ソ連大使(ピーター・ブル)までいる。

大統領はホットラインで酔っているソ連首相に爆撃機の事を伝え、ソ連から撃墜するように依頼する。この時にソ連大使を通じて「皆殺し爆弾」のことを初めて聞く。

リッパーのいる空軍基地が、外部からの連絡を遮断している中で、ソ連へ向かうB52爆撃機への作戦中止命令は暗号回線からのパスワードでないと実行できないことを大統領に説明した国粋主義者のタージドソン将軍(ジョージ・C・スコット)が、それを聞いて、ここぞという時に熱弁をふるう時のセリフ、演技がすごくて最高に爆笑する。

 

●国粋主義者のバック・タージドソン将軍

 

国粋主義者のタージドソン将軍の名セリフ

「仮に、もしも、うまくやれば・・・今のうちの奴らのICBM基地をたたけば、フリチンの相手をやっつけるようなものです。しかも我が国は2000万人程度の犠牲で済む」という大爆笑だが恐いシーン。

 

「核兵器による武装は、どちらかの国家が先に滅びる」だけで抑止力にならないという抑止力の本質的なデメリットが大爆笑するシーンにはある。彼の言うことが正しいのだ。

当時の政府高官新聞メディア、政治評論家らの大半が分かっていたことで、この恐怖のバランスに誰も口を出せなかった。

これは実際に当時の政府高官、ワシントンポストなどの新聞各社、政治評論家らの大半が分かっていた危惧を先制攻撃でロシアに勝つと口走るタージドソン将軍に言わせているのが大爆笑ものだが現実には正しい。当時はみなこれを恐れた。スタンリーはそれをブラックユーモアだからできる架空の人物に言わせたのだ。

 

一見、両国が「我が国の方がたくさん持っている」というのは「抑止力」とも言えるが、もしそれが実行されると先に破滅した国家が勝ったように見えるだけで無意味だと当時の高官、新聞各社は感じていたという。これは、この映画の40周年記念DVDのメイキング映像に当時の貴重な政府高官やワシントンポストの証言などの記録フィルムが収録されている。

 

そしてリッパーに軟禁されていたマンドレイク大佐(ピーター・セラーズ)は奇襲してきたアメリカ軍に解放され。拷問を恐れたリッパーはB52爆撃機の期間命令コードを言わないまま自殺する。しかし、リーパーの言動から暗号を解読して公衆電話からペンタゴンに電話するシーンも笑う。爆笑だがこの公衆電話からペンタゴンへの電話はこの映画に描かれているようなシチュエーションでは可能らしい。

その重要なカギがコカ・コーラの自防販売機というのも最高に笑う。奇襲攻撃に来たグアノ大佐に公衆電話のお金が足りないからと、なんとコカ・コーラの自防販売機をマインガンで撃たせる。しかし、それによってB52爆撃機は引き返す。たった一機を除いて。その一機とは、キング・コング少佐率いる一機。

ちなみにグアノは俗語で“鳥の糞”の意味。

 

もし、その一機が核爆弾を投下するとソ連がひそかに作っていた「皆殺し爆弾」は一発の投下だけでも一斉に爆発し、地球上を死の灰でつつむ。

それが不可避を分かった時、ストレンジラヴ博士のアメリカが国家として存続する持論を展開する。かれはコーフンしたら昔の癖で右手が「ハイル・ヒットラー!」の敬礼のように上がる。

そして彼は全てを話し終えると、車いすから立ち上がり、叫ぶ。

 

「総統!私は歩けます!」

そう言って立ち上がり、数歩歩く。

 

●ストレンジラブ博士(ピーター・セラーズ)

 

この後、映画はきちんと真面目に終わる。

アメリカが行った数々の水爆実験の実写映像のオンパレード。皆殺し爆弾が爆発した比喩表現だ。そこに先の大戦中の流行歌ヴェラ・リンが歌う「また会いましょう」が流れる。強烈なアイロニーと恐ろしい現実映像。最後まで涙が流れるほど笑うが、観終わって何がおかしいかって考えたら「世界が核兵器で滅亡するんだよ」っていう恐ろしい笑いに誰もが気付く。

 

●核弾頭に乗るキング・コング少佐

 

よく言われるが銃で武装すること好む人物には性的不能者が多いという精神分析結果がある。この映画にはあちこちに、性的不能者や性行為の比喩シーンがある。

 

この映画には、この精神分析を活かしたアイロニカルなシーンが多々ある。冒頭のB52同士による空中給油シーンは性行為を連想させる。そして男性器の比喩として銃、マシンガンが出てくる。投下する核ミサイルには、男性器のスラング、“ジョン”が落書きしてある。自殺したリッパーが自分の体液を共産主義におかされるのを恐れて雨水しか飲まないという狂ったシーンもある。核兵器は無論だが、「プランR」の任務中止暗号に「純粋な体液」などというのもアイロニカルで比喩表現は中学生でも分かる。

 

リッパー将軍は性的不能者だと分析する人が多いが、その司令官が攻撃命令を出している。最高作戦室では、足が不自由で車いすに乗っているストレンジラヴ博士は皆殺し爆弾が爆発前に、立ち上がり歩くことシーンもアイロニカルな表現。それは彼が「総統!」と言うから。

その暗喩表現は、まるでナチス・ドイツが成しえなかった世界征服を皆殺し爆弾が行うかのごとくだから。それを成し遂げたのは、元ナチス党員のストレンジラヴ博士だから。最後まで皮肉たっぷりだ。アメリカがこの映画のラストの表現に異を唱えることができないのは、このような暗い闇の過去があるからだ。

 

この過去にも先にも例を見ないブラックユーモアの傑作は、1989年にアメリカ議会図書館は、「文化的、歴史的、美学的に重要」であるとして、アメリカ国立フィルム登録簿に保存する最初の25作品の一つに選ばれた。1998年にはアメリカン・フィルム・インスティチュートが発表したアメリカ映画のベストランキングで26位(2007年版では39位)にランクインした。

スタンリーの亡くなった一年後の2000年には最も面白いアメリカ映画のリストで3位にランクインしている。

 

もし未見の方がいらしたら、ぜひ観てほしいと思う。モノクロだが、現代でも十分通用する内容だから。

しかし世界のあちこちで今も戦争・紛争が多発している現実などの社会的背景を考えると、「博士」は1964年の昔の映画ではなく現代でも起こりえる脅威を描いている。それも大爆笑の連続で。観終わった後、ゾッとする恐さが残るのも計算の上で。

子どもたちにも推薦したい世界の映画史に残る傑作だと僕は思う。

 

監督:スタンリー・キューブリック

脚本:スタンリー・キューブリック、ピーター・ジョージ、テリー・サザーン

原作:ピーター・ジョージ 『破滅への二時間』 (和訳:「赤い警報」絶版)

製作:スタンリー・キューブリック、ヴィクター・リンドン

Cast:

ストレンジラヴ博士、マンドレイク大佐、マフリー大統領:ピーター・セラーズ

バック・タージドソン将軍:ジョージ・C・スコット

ジャック・ザ・リッパー准将:スターリング・ヘイドン

キング・コング少佐:スリム・ピケンズ

"バット" グアノ大佐:キーナン・ウィン

 

===================================

●博士の異常な愛情

動画配信 Amazonプライム

DVDレンタル TSUTAYAディスカス

Amazon販売サイト(UHD/ブルーレイ/DVD)