二ヶ月分の家賃を払ったまま引っ越しの日取りを全く決めていなかったのは段取りのせいではない。一つは僕と元妻とにコミュニケーションがなかったこと(同居する上で致命的)、もう一つは引っ越し費用は僕のギャラの関係ですぐに入らなかったこと(引っ越しする上で致命的)。
引っ越し費用はやきもきしている僕の両親から借りることにした。娘もやきもきしていたから余計だ。
引っ越しは2004年11月7日だった。山の家もいい秋晴れの天気だった。おふくろに手伝いに来てもらい荷物を引っ越し屋さんに頼んで僕とおふくろは引っ越しする家に車で向かった。
娘と元妻は先に荷物を運びこんでいた。3LDKの家はすぐに「家族の家」になった。僕もやはり嬉しかった。元妻と暮らせるからではない。なんというか・・失った物が戻ってきたと感じたからかもしれない。
その日、ささいなことだが未来を予見させることがあった。
元妻の荷物を運んだいたおふくろが黙って僕を手招きした。悪い予感がした。酒か薬かだ。おふくろによると二階の僕の部屋にする予定の押し入れにビールが一つ置いてあるという。今までの僕なら黙っていただろう。しかしあの頃の僕はもう別居前の12ステッププログラムのない状態とは違っていた。
事実は事実として突きつける必要があると思った。
ちょうどその部屋で片付けをしていた元妻と義母がいる前で押し入れを開いてそこにあったビールを手に取り彼女に突き出した。
「これは何だ?」
彼女は目を見開き絶句した。ワナワナと唇が震えていた。出てきた言葉は・・・
「不動産屋が忘れていったんじゃない?」
「不動産屋は契約してからは、この部屋に入っていない。第一最初にきたときこんなものはなかった。どういうことか、責めているんじゃない、これはおまえのか?」
義母は気まずそうに笑っていた(笑い事じゃねーんだよ、このバカ!)。
「そうよ!あたしのよ!あたしが置いたのよ!何か悪い!?」
「いいや、悪くない。なぜあるのかと思っただけだ。」そう言って僕はビールを元の場所に戻して引っ越し作業を行った。
「おまえ、これから、あの子とやり直すって・・・大丈夫か?」おふくろがそう言った。
僕は「今はまだ、わからない」そう答えた。
そう、本当にわからなかった。僕の彼女への愛が戻るかどうかも大きな問題だが、彼女のアルコール依存症と薬物依存症がどうなるかはまったく分からなかったからだ。
ただ、経験上、地獄を見る確率は高いと思った。
そんな事はよそに娘は初めて持った自分の部屋の片付けに大はしゃぎだった。
唯一の嬉しい光景だった。
「今はこの選択でいい」なんとなくそう思った。