僕は、医者からアルコール依存症と診断された。

治らない上に普通に飲めない、飲めば死ぬ。

 

生きたければ一生酒を飲まないしかない。

人生の落後者のような診断結果以外は

抗酒剤を飲まされ、点滴以上の治療してくれる様子もなかった。

 

「ここは何だ?これでも病院か!?」

本気で怒っていた。

その上に「この人を入院させて私は離婚したい!」と

医者にわめく妻

 

振り返れば、僕はこの時、

人生の岐路に居るという事実を突きつけられていたのだと思う。

そして、それを許容できないから、怒りがわき、

自分への嫌悪と哀れみは増した。

ようやく言葉が出てきた。

 

「どうやって生きろって言うんですか?」医者にそう言った。

「回復の方法はあります。」

 

「奥さん、この人と離婚したい気持ちはわかります。

でも今、この人は、一人では生きられません。

 入院できる病院は今、満床で無理です。

 しかし診察する限り、この人の状態なら通院できます。

 一ヶ月でも、いいから一緒にいてやってくれませんか?」

 

うれしいのか、つらいのか・・・分からないが、

この医者の言葉には少しホッとした。

それから妻と母と一緒に別の部屋に通された、

 

ケースワーカーという女性がひとりいた。

 

僕と妻、そして母の三人で。

50代半ばのベテランという感じ方だった。

彼女のやさしげな語り口調で言った。

「辛かったでしょう」と。

僕は涙があふれた。

 

それは自分がしてきたことを責め苛む気持ち、

自分への哀れみ、後悔であり、

ケースワーカーはアルコール依存症という病気に

対する解決への道を提示した。

 

当時の僕には、それが病院のすることか!と思ったが・・・

「アルコール依存症になったら、お酒は一人では

 絶対にやめられません。

 どんなに頑張っても、いつか飲みます。

 今までそうでしたよね?(反論できなかった)。」

 

 

「同じ病気の人たちの集まりがあります。そこでは自分の話をして、

 同じ病気の人の話を聞いて、お酒をやめてゆく会です。

 あなたは、その会に行ってください。 

まだ、若いからAAがいいでしょうね。」

 

AA・・・エーエー?

ケースワーカーから「ミーティングハンドブック」というものと

手書きのなんだか、いかにも手作りという地図を渡された。

教会が多かった。汚い地図、小さなハンドブックとやら・・

よく分からないが、小さな救いと希望に思えた。

 

そう思いながらも帰りのタクシーの中では、

もらったハンドブックやらを胸に包み込むようにして持っていた。

僕は、その時い初めて知ったのだ。

自分以外にも、同じような事をしている人間がいるのを。

そしてそんな人の中に酒を飲まないで

生きている人が、この世の中にいるというのも・・・。

(加筆改訂=2022年4月30日、2023年3月29日)