7/18(土)のふじさんコンパスは、この日に行われたウォーキングイベント「構成資産周辺ウォーク 大宮村山表口登山道 道者みちを歩く」に参加してきました。



↑今回のウォーキングのスタート地点は、富士宮市にある富士山本宮浅間大社。



↑集合場所であるふれあい広場には、「富士宮歩こう会 」の皆さんをはじめとする参加者およそ60人がすでに待機していました。



↑まずはイベントについて、富士宮市富士山世界遺産課の中野さんにお話を伺いました。今回のウォーキングは、世界遺産・富士山の構成資産の1つである村山浅間神社周辺を散策するというもので、距離は全長約8km。富士山本宮浅間大社をスタートして、ひたすら長い登り坂をのぼって村山浅間神社を目指します。ちなみに高低差は約380mです。



↑オープニングセレモニーが終わったあとは、参加者全員で準備体操を行いました。



↑そして富士山本宮浅間大社でお参りをすませ、いざ出発!!



↑まずは富士山本宮浅間大社・湧玉の池を通って、東へ向かいます。この日は朝から雲行きがあやしく雨が心配されましたが、なんとか天気はもちこたえました。ただ、湿度が高く、ムシムシした中でのウォーキングとなりました。



↑富士宮駅の北側にあるドラッグストアの前を通り、さらに東へ進みます。



↑しばらく歩いたら、今度は北(富士山方向)に向きを変え、長い登り坂を上がっていきます。地図を見ると、ここから目的地の村山浅間神社までは、ずっと登り坂です。



↑富士宮の郵便局の前を通り、

↑大きくてきれいな向日葵に癒されながら、さらに先へと向かいます。



↑さらに北へ進むと、国道139号線「阿幸地」の交差点に到着しました。



↑ここは横断歩道がないため、歩道橋をわたって北へ向かいます。



↑こちら、歩道橋の上から眺めた国道139号線の様子。たくさんの車が走っているのがよくわかりますね。でも阿幸地の交差点付近の車の流れは順調でしたよ。



↑ようやく富士見小学校と舞々木の公園墓地が見えてきました。



↑舞々木墓地では初めての休憩をとりました。とっても暑かったので、みなさん水分をしっかりとっていましたよ。



↑こちらは舞々木墓地にいたかわいいお地蔵さん。今回の旅の無事をお祈りしました。



↑さらに北へ向かって進んでいくと、二又に別れた道が見えてきました。



↑ここには「右富士山道」と書かれた道標があります。これは舞々木の「富士山道」道しるべと呼ばれているもので、ここは登山道と山宮浅間神社へ向かう御神幸道の分岐点となっています。



↑今回は道標が示す通り、右側の登山道を選んでさらに歩いていきます。



↑すると弓沢川という小さな川が見えてきました。



↑橋を渡ってさらに進んでいくと、お地蔵さんが並んでいます。



↑これは「さいの河原の六地蔵」と呼ばれるもので、富士山を目指していく者は、この六地蔵が魂を休めてくれ、身を清めてくれると信じ、ここでお参りしたそうです。



↑お参りをすませたあとは、コンビニの駐車場でちょっとひと休み。



↑「富士宮歩こう会」の皆さんがアイスの差し入れをしてくださり、参加者の皆さんの顔にも自然と笑顔がこぼれます。



↑アイスでパワーを充電した後は、ふたたび長い登り坂をあがっていきます。ここまでくると、坂の傾斜もだいぶ急になってきました。



↑ここは富士宮市の大岩♪「住んでよかった 大岩に!!!」心に響き渡ります。

↑しばらく歩いていくと粟倉団地の交差点にたどり着きました。



↑とここで2回目の中継。蚊がブンブンとびまわる中、これまでの道のりを振り返りました。

↑粟倉団地の交差点の北側には「二又十三仏」と呼ばれる、死後の世界の審判を行う十三の仏様があります。



↑十三仏は江戸時代になってから日本で考えられたとされていて、十三回忌までの追善供養をつかさどる仏様たちと言われています。



↑さらに道の反対側には「二股村一字一石経塚」があります。一字一石経とは、平たい小石1つに一文字ずつ経典の文字を書き写し埋納したもので、ここの経塚は、宝永噴火のあと犠牲になった人々を供養するために作られたと考えられています。



↑さらに北に向かって歩いていくと、根北公民館が見えてきました。



↑ここでお昼休憩をとって、村山浅間神社まで一気にのぼっていきます。



↑今回はじめてウォーキングに参加された参加者にもお話を伺うことができました。マイクを向けると「ここまでの道のりはきつかった」とおっしゃっていました。確かに登り坂をひたすら上がり続けてきたわけですもんね。そんなわけで、後編では富士宮市粟倉から村山までの行程をご紹介していきます。お楽しみに!