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逝きたい女性に捧げる

題名を変えました。
逝きたい女性に捧げます!

女性を性の暴力から守りたい。


そして、幸福な性を与えたい。


それがこのブログを始めた、一番初めの動機だった。


日本では、「正しい性の知識」を持たない男が、


多くの女性を苦しめている。


自分だけが楽しむだけで、女性を苦しめる性をあたりまえだと思い込んでいる。


それどころか、暴力でしかない性が常識だと思われている。




それを変えるためには、男が変わらなくてはいけない。


その男を変えるためには、女性が変わる必要がある。




女性は今まで好きな男のために、我慢して受け入れていたことを、


勇気をもって拒まないといけない。




男は女の話を、真面目に受け入れて、


女の性の喜びために真面目に努力しないといけない。



日本人がそんな風に変わったらいいと思っている。












このブログを始めたときの、


本来の目的を外れてしまったように思うので、


改めて再確認をするために、今日は書こうと思う。




日本は男女同権ではないと思う。


非常に女性が虐げられていると思う。




SEXの場面において、非常にそれが目立つと思う。


本当に男女同権を考えるのであれば、


SEXも、もっと女性の権利や女性の快感、女性の楽しめる


女性主体のSEXであってもよいはずと思う。





俺たち男も、そういう女性解放を意識したうえでの、


女性とのSEXを考えて実行していかないと、


女性はいつまでたっても、虐げられたままの存在になってしまう。





夫婦や恋人同士で、愛人同士で、本当に性について真面目に語り合い、


お互いが対等に楽しめる性を語り合ってはじめて、


女性の本当の立場が認められるような社会が生まれると思う。





性、SEXは素晴らしい。


その喜び、素晴らしさを、女性にちゃんと味わってほしい。





女性は男のための性のオモチャではないだから・・・・・・





ペタしてね













性の話をここでは自由に書きたいと思ってブログを始めた。


正直、自分勝手に言いたいことを考えていたが、


女性と恋愛を繰り返すうちに、女の立場を考えてしまう。



けっして、お世辞で女性をかばおうとする気はない、


でも、男の身勝手が沢山の女を不幸にしているような気がする。



特に性の問題では女性は不利であるように思えてならない。



かつて付き合っていた女性たちに、俺は本当に対等に性を楽しんでいたろうか?



好きだから逝かせてあげたい。


思う存分快感を味あわせてあげたい。


夫では見せられない、性の喜びの姿、喘ぎ声、


日常生活を共にしているからこそ、見せられないその時の姿を、


見届けてあげたいという気持ちがあった。




そういう女性の性の真実の姿を、さらけ出せる男になりたいと思った。




理屈なんていらない。


理屈抜きで飛び込んでくる人のために、だまって受け止め


抱きとめ、その女性の望みをかなえてやりたいだけだ。