恥の思い出
半世紀以上、俺は生きている。
そして、小学校時代の恥を引きずったまま・・・
その話を書こうと思う。
10歳くらいの頃のことだと思う。
小学校のクラスの中で、俺はどちらかというといじめられっこだったかもしれない
また、同時にいじめっ子だったかもしれない。
クラスの中にKという女の子がいた。
おとなしい性格の人だった。
たしか心臓が悪い人だった。
そのために、体育はいつも見学。
色は白かったが、美しい人ではなかった。
男子生徒たちはKの事を、カエルと呼んでいじめていた。
そのいじめは、しつこく繰り返された、
何日も何日も、繰り返す。
Kは毎日泣いていた。
そんないじめを、俺はひどく嫌った。
しかし、声に出して止めることができなかった。
Kが何をしたというのだ。
いじめをやめろ!
本当はそう言いたかった。
彼女の前に立ち、群れを成していじめる男子生徒からKを守りたいと思った・・・・・
しかし、実際は何もできなかった。
そんなことをしたら、Kと俺は愛し合っているとか、
そんな調子で、俺も一緒にいじめられるに決まっている・・・・・
毎日泣き続けるK・・・・・
俺はそれを見ながら、何もできなかった・・・・・
ある日、Kは転校していった。
男子生徒たちのいじめが原因で転校したと・・・そんなうわさを聞いたことがある。
俺はとうとうKをかばってやることができなかった。
Kが転校したのは、俺の責任であるに違いない。
それから、数十年、俺は自分を責めている。
弱い者をいじめる楽しさは、もしかすると動物の本能なのかもしれない。
野生動物は、異形の子供が生まれると、
よってたかっていじめ殺してしまうと聞いたことがある。
そのために、奇形児は野生動物の中では
決して成長することはないそうだ。
人間では、どうだろうか?
そんなことが許されるのだろうか?
人間はそんなことを許さないから、人間なのではないだろうか?
半でキャップのある者、弱い仲間を、かばい共存するからこそ、
人間と呼ぶのではないだろうか?
このブログで、男性から女性へのDVの事を時々取り上げる。
DVを許していい訳がない。
男は自分の性的な欲求を満たすため
また、自分の希望を通すためDVをする。
勝手に女が気持ちいいものと思い込んで、DVをする。
そんなことが、許されていい訳がない。
大人が、DVを平然と行う。
子供以下の・・・いや動物並の行動とさげすむ行為だ。
子供の頃、俺はKに何もしてあげられなかった。
かばう事の出来なかった俺は、いじめた子供たちと同罪だと思っている。
何もしないのは、それを許していることと同じだからだ。
今の社会のDV、これを許していたらケダモノだらけの未来がやってくる。
男が女に暴力をふるうのが問題視されない未来がやってくる。
このブログの男性読者は忘れないでほしい。
DVを許してはならない。
自分を人間と思うなら、身の回りのDVを許さないでほしい。
自分の欲求や楽しみのために、他の人間をいじめる行為は絶対に許されない。
とりわけ性の楽しみのその場面においてのDVは、
目的や内容が快楽の追求のため、行われるDVは陰惨なものだ。
食や性の行動は動物の本能に近いだけに、
そこにDVが持ち込まれると陰惨なものになる。
女によりよい快楽を与えるために、努力すべきであって、
DVは絶対に許してはならない。
俺はKになにもできなかった。
この過ちを繰り返して、生き続けたくない。