性は哲学でもあり・・・・ | 逝きたい女性に捧げる

逝きたい女性に捧げる

題名を変えました。
逝きたい女性に捧げます!

性は哲学でもあり、、、、


しかし、それは、生きることそのもの。


とてつもなく大きな快楽でもあり、


無限に大きく深い哲学でもあり、


逆に、恥ずかしい下卑たものでもある。


問題なのは、自分の位置をどこに持ってくるのか?


常に大きく揺れて動いていいものと思う。


時に無限の快楽追求で、時に大きな哲学で、、、、、、





自分をさらけ出して、思い切りふしだらに、性をむさぼるのは、


その裏側にある、大きな哲学を同時に味わう事にも繋がる。


自分の遺伝子を残すための神聖な営みでもあるが、


はしたなく貪欲な、性欲の解放される、快楽だけのひと時でもある。





しかし、絶対に許されないのは、


自分の性のために、他の誰かの性を踏みにじること。




お互いの合意があって


性を楽しむ時は、自分をさらけだし、思う存分楽しんでいい。