このブログを始めたときに、タイトルが必要だったのは明らかだったのだけど、それを何にするか見当もつかなかった。
これは自分だけじゃないのだろうけど、人生の大半を、自分のアイデンティティを探ること、それをつかみ取ること、それを信じることに費やしてきたように思う。非二元とその周辺のことや仏教に傾倒したり、関心があった時期がかなりあって、そのころは「自分(エゴ)というものは存在しない」というところを追いかけていた。その影響もあって、自分が何者かと言われると、それに対して説明はできるけど、もうそういうアイデンティティを信じていないような節がある。
本題に入ると、ここしばらく、「自閉症」「アスペルガー」が浮上していて、これは自分に該当するというかなり確信に近いものがあるのだけど、それも結局自分のおでこにレッテルを貼って、「私、こういう者です」ということにすぎないのかなという気もする。非二元周辺に関心が強かったころは、こういう風に何かに名前を与えることは、「ありのまま」を見失うことにつながるのではないかと思っていた。でも今思うことは、名前を与えることが第一で、それを超えていくことが次の段階なのかなと思う。それは武術や日本の「なんとか道」で型を忠実に習得したからこそ、それを超えて自由になっていくことができるということに似ているかもしれない。
今の職場の慌ただしさ、刻々と状況が変わる事態、騒がしさ、マネージメント能力の欠如などが重なって、自分の自閉症的傾向が浮き彫りになってしまっている。はっきり言うと、辛い。ストレスだらけである。以前いたもっと静かな職場では、自分はきちんと働けていて、それなりに有能とさえ思われていたような気がする。
そういう今の状況のなかで、結局自分や上司、同僚に対し、説明が必要だというのがあって、それで公式な診断を受けようかと思い始めている。